最終日に高原が話したこと
『そういう風に裾野が広がっていくのは、日本サッカーにとっても悪いことじゃないと思います』
地域サッカーチャンピオンズリーグ2020 1次ラウンド。
佐賀を会場にして行われたグループBが全日程を終え、昨年に続きこのステージでの敗退が決まった直後のインタビューで、沖縄SVの高原直泰は私の
「クラブの代表として、このカテゴリーが今後どうなっていくと考えているか」
という質問に対しこう答えてくれた。
既にこの地域リーグというカテゴリーでは、Jリーグを経験した選手が珍しい存在ではなく、そうであることで、この先に自らもJリーガーになろうと思う若い選手も非常に多い。
そうした中、私が彼にこの質問をしたのは、取材に当たった3日間で高原直泰が単なるサッカー選手の領域を超えた存在として映り続けていたからだ。
実はこのインタビュー会見では、高原が私の前の質問者に対し「それは失礼ですよ」と一刀両断に切り捨てる場面があった。
その質問内容は「高原選手自身、現役続行の意思はありますか」というものだった。
これがどうして高原に「失礼」な質問と取られたのか、私も3日間取材していなければ、恐らくそれを瞬時に感じ取ることは出来なかっただろう。
大会最終日に東京から乗り込んできた大手メディアのインタビュアーは、自分の質問が何故バッサリと斬られたのか、顧みる機会は持てているだろうか。
「日本サッカーにとっても悪くないと思います」
冒頭の高原直泰の言葉の中で「悪くないと思います」という部分は、彼がこのカテゴリーをいかに客観視出来ているかを示しているように私には思える。
敢えて「良いこと」とは言わず「悪くない」という表現を選ぶところに、彼が本質的な部分で日本サッカーの将来像、或いは日本サッカーの可能性に対し、強い願いにも似た感情を持っているように思えたのだ。
沖縄SVは2年連続で地域リーグのチャンピオン決定戦に出場し、このカテゴリーを良く知る人々からすれば、その存在が徐々に認知されてきている。
とは言え、このクラブの代表でもある高原直泰の存在と、彼が過去に在籍したボカ・ジュニオルズをオマージュしたユニフォームのインパクトなど、まだまだ表層的なイメージが先行しているフェーズだろう。
「日本のサッカー界指折りの実績を誇るストライカーが、下部リーグから新たな挑戦を始めた」
正直なところ、多くはこう捉えられてしまっている。
確かにピッチ上の高原直泰は別格であった。
肉体的な衰えを勝負師としての勘で全て補う。
終始劣勢に立たされながら、相手の最も嫌な時間帯を選んだかのように2ゴールを挙げた、ブリオベッカ浦安戦はまさに圧巻であった。(この試合があったことで、最後の対戦相手FC刈谷は、沖縄SVに対する警戒レベルを相当に引き上げたはず)
だからこそ、刈谷の徹底した高原封じによって、最終戦では前半に見せた美しいオーバーヘッドのシーン以外に試合を左右するような活躍を見せることの出来なかった高原直泰に対し、ありていな「現役続行の意思」が質問として飛び出してくる。
サッカー選手であってサッカー選手ではない
しかしながら、そうしたピッチ上における抜群の存在感でさえ、高原直泰というサッカー選手が過去に見せてきた数多の活躍を前にすれば当然ながら比べるまでもなく、勿論そのことは本人が最も強く実感していることでもあろう。
高原直泰はサッカー選手であって、すでにサッカー選手ではない。
これを感じたのは、彼がブリオベッカ浦安戦のハーフタイムで、チームメイトに対し掛けていた言葉だった。
『それがお前の現実なんだよ。現実を受け入れろ、受け入れて、どうするかを考えろ』
一戦必勝のこの大会で、高原はチームメイトに対し、サッカー選手として生きていく術を説いているのだ。
その光景はまさに師匠と弟子のそれであった。
師匠というものは、ときに弟子の思いが全く及ばぬ先を見据え言葉を発するものだ。
高原直泰はインタビューの中でこうも話してくれた。
『サッカー選手がいきなり社会に飛び出す前に、ワンクッションとして働きながらサッカーをするこのカテゴリーで社会をしっかりと見ながら経験しながら、実際に社会の一員としてやっていくっていう、そういったことも悪くないと思います』
沖縄SVというクラブは、そのトップチームのJリーグ参入を明確な目標として掲げているが、一方で高原直泰「代表」は、今自分たちが存在しているこのカテゴリーに十分な意味や意義が備わっていることを理解している。
さらに言えば、沖縄SVが地域経済の活性化と、自らの存在意義を高めようと取り組んでいる様々な産業についても、高原直泰という1人のサッカーマンが、ピッチで戦っていようがいまいが、その価値を普遍的なものにするのだという思いを、クラブ創設者でもある彼自身が最も強く抱いているはずだ。
実は沖縄SVにおける試合後インタビューを高原直泰は簡単に受けてくれない。
この大会についても、全ての勝敗が決した最終日にやっとその場は設けられた。
とは言え、彼がそうした判断をするのも今にして思えば理解が出来る。
彼はもう、自分自身がピッチ上のいち選手として評価されるべきでないと考えているのだろう。
それは、チームに先んじて沖縄へ戻る飛行機の時間が迫っているのにも関わらず、私の投げかけた「ピッチ外」の質問に対し、誠意をもって非常に丁寧に答えてくれた姿勢に現れていたように思う。
そして、彼のようなサッカーマンが、日本サッカーのメインストリームではない場所から、そこでなければ得ることの出来ない新たな日本サッカーの価値創造に取り組む姿を垣間見、嬉しさを感じることも出来た。