中森明菜とやべっちFC 

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中森明菜のベストアルバム

事情があり、80年代~90年代のジャパニーズポップス、いわゆる「歌謡曲」と称されていた流行歌に触れる機会があった。

世代的にこの頃の流行歌を「懐メロ」と呼ぶのには多少の抵抗はあるが、客観視すれば、もう30年以上も前の「流行」である。今現在30代前半くらいの方々にさえ、遥か昔の音楽と思われて当然だ。

数(あまた)ある流行歌の中で、私が手に取ったのは中森明菜のベストアルバム。

アイドルブーム全盛の中、あの松田聖子の双璧として誰もが認める存在が中森明菜である。

可愛い子ぶりっ子(この言葉も完全に死語だ)の松田聖子に対し、少し影があり不良少女然とした中森明菜。

ともに優れた歌唱力を備えていたこともあって、その人気も二分されていたように記憶している。

しかしながら、松田聖子のデビュー年が1980年、中森明菜のデビューはその2年後の1982年であり、当時私自身はまだ小学生だったので、この2人にどっぷり嵌ることはなく、細かい話にはなるが、世代的におニャン子クラブがドンピシャで、おニャン子が下火になる頃には、もっぱら本田美奈子に熱を上げていた。

つまり、ある意味ちゃんとした形で中森明菜の曲をじっくり聴くのは、2020年まで時が進んだ今回が初めてだったように思う。

それでも驚くべきことに「中森明菜ベスト」に収録されていた全ての曲を私は知っていた。

知っていたどころか、メロディだけとかではなく、サビの部分についてはその歌詞すら覚えており、当時の記憶、例えば試験勉強の合間にカップヌードル シーフード味をすすっている時に「DESIRE」がラジオから聞こえてきたなぁと言った具合に、懐かしい記憶とセットで脳のどこかにインプットされていた。

繰り返し書くが、中森明菜が一世を風靡していた頃、私は中森明菜に取り立てて興味を持っていなかった。それでも彼女が当時、世に送り出した曲で構成された「ベスト」の全曲を、かなりしっかりと覚えていたのだ。

これは同時に、当時の日本歌謡界が「DESIRE」の本質的意味もまだ知る由もない中学生男子に対してでも、圧倒的パワーを感じさせるだけのエネルギーを楽曲と歌い手に注ぎ込んでいたことをも表しているのかも知れない。

テレビのマスマーケティングは1990年代前半で終わった

しかしながら、そんな圧倒的パワーを持っていたエンターテイメント産業が「マス」に向けひたすら情報発信をし、そこに最大の効果が見込めた時代は、1990年代前半で終了したと私は考えている。

特にテレビ媒体に関しては、家庭用ビデオが一気に普及したことでテレビ番組そのものが「皆で同じ情報を同じ時間に共有する」ものではなくなり、インターネットの出現で「情報を与える側」として他を寄せつけない存在感を誇っていた地上波放送テレビですら、「情報を選ぶ側」つまり消費者にとって単なる選択肢の1つとなっていった。

ちなみに、中森明菜や松田聖子が大活躍していたテレビの歌番組もこの時期にほとんど終了している。(TBS系 ザ・ベストテン 1989年9月終了 NTV系 歌のトップテン 1990年3月終了 CX系 夜のヒットスタジオ 1990年10月終了 そして1990年代半ばよりインターネットが黎明期へと突入する)

歌う場を無くしたアイドルは一気に勢いを失い(私が好きだった本田美奈子もロック歌手転向など、この当時は迷走していた)その主役たる中森明菜や松田聖子も活躍の場を失い、特に中森明菜については、自殺未遂などのショッキングなニュースもあったが、この頃を境にほとんど陽の目にあたる場所に現れなくなった。

そんな情報流通の大変容が巻き起る最中、1992年にJリーグは創設されスタートしたのだ。

やべっちFCは前近代的

7月上旬ごろ、ナインティナイン矢部浩之がMCを務めるやべっちFCが打ち切りになるのでは?といった情報が流れたことがあった。

ことの真偽は定かではないが、テレビ媒体が「情報を与える側」から「選択肢の1つ」へと変容し、既に10年程度経過した時期、2002年にスタートしたサッカー番組が、それから約20年に渡って生存し続けていることは奇跡に近い。

この奇跡を以て、制作者側の熱意と、視聴者側(=Jリーグファン・サポーター)の番組愛によるものと評することも出来るが、この20~30年で起きた様々なメディア革命と人々の情報収集の変容を思えば、最大公約数的にサッカーを伝えるやべっちFCという番組そのものが、あまりに前近代的な番組であると捉えることも出来る。

いずれにせよ、やべっちFCだけでなく、今現在地上波テレビを発信媒体としている、つまり「マス」に向けたマーケティング手法を取っているサッカー番組が、日本サッカーの市場拡大に果たせる役割の重さは、もうとっくに小さく小さくなっている。

何しろ、世間の多くの人が、テレビを最も信頼のおけるメディアと考えていないことは、このコロナ禍にあって、より一層明確になっているのだ。

何でもかんでも全国区は古すぎる

かつては、巨人軍の全試合が地上波で生中継されていた。だから、日本中の男子小学生が巨人のラインナップを完璧に覚えていた。

ファンでもないのに中森明菜のベストアルバムに収録されていた曲の全てを覚えていた私もこれと同じ。

でも、このようなテレビの「マスマーケティング」が通用した時代は、もう30年近く前にとっくに終了しているので、もうこの先にあの頃の巨人軍は戻ってこないし、令和の中森明菜も松田聖子も現れようがない。

ただ、この時代には、乃木坂46がいて、髭男がいて、米津玄師がいて、King Gnuがいて、あいみょんがいる。街で本人とすれ違っても、乃木坂46の誰々ちゃんか、髭男の誰々くんか、少なくとも私は絶対に気づきようがないけれど、私の隣を偶然歩いていた青年は「あ!King Gnuの常田だ!」と大興奮しているかも知れないし、関東に住んでいると「あったかいんだからぁ~の芸人消えたな」と思っていても、クマムシは出身の北陸地方で大活躍、いまだに抜群の知名度を誇っているようなのだ。

Jリーグが唱え続けてきた「地域密着」を本気で追求するのであれば、『やべっちFCの存続にJの命運が懸かっている』的な発想は完全に的外れであり、むしろ「マスマーケティング」が通用しない現代だからこそ、何でもかんでも全国区の人気・知名度などを得ようとせず(Jリーグでなくてもこれ自体がもうほとんど不可能。出来たとしてもカーリング娘「そだねー」が関の山)よりローカルな世界を主戦場とする覚悟が必要だし、その方が明らかに日本中でJリーグの存在価値を訴求し続けられるのではないか。

と、本当に久しぶりにこのブログを書いたが、もう少し続きを書きたいので、それは次回以降で。

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