プロ野球を長く「温存」させた国税特別通達とJリーグの「花より団子」

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昭和29年8月10日

日本が「戦後混乱期」を徐々に脱し、いよいよ「高度経済成長期」へ突入しようとしていた頃、プロ野球に対し超法規的な税務特別通達が下された。

昭和29年8月10日付 直法1-147

この特別通達は「職業野球団に対して支出した広告宣伝費の取り扱いについて」と題され、その内容は下記の通りとなる。(後に要約するので、しっかりと読まずとも大丈夫)

一 親会社が、各事業年度において球団に対して支出した金銭のうち、広告宣伝費の性質を有すると認められる部分の金額は、これを支出した事業年度の損金に算入するものとすること。

ニ 親会社が、球団の当該事業年度において生じた欠損金(野球事業から生じた欠損金に限る。以下同じ。)を補てんするため支出した金銭は、球団の当該事業年度において生じた欠損金を限度として、当分のうち特に弊害のない限り、一の「広告宣伝費の性質を有するもの」として取り扱うものとすること。
 右の「球団の当該年度において生じた欠損金」とは、球団が親会社から交付を受けた金銭の額および各事業年度の費用として支出した金額で、税務計算上損金に算入されなかつた金額を益金に算入しないで計算した欠損金をいうものとすること。

三 親会社が、各事業年度において球団に対して支出した金銭を、貸付金等として経理をしている場合においても、当該支出金が二に該当することが明らかなものである場合においては、当該支出をした日を含む事業年度の損金に算入するものとすること。

四 親会社が、この通達の実施の日(昭和29年8月10日)前の各事業年度において、球団に対して支出した金銭を貸付金等として経理しているものについて、じ後の各事業年度においてその一部を償却したときは、球団の当該事業年度において生じた欠損金を限度として、当該償却金額を、その償却をした日を含む事業年度の損金に算入するものとすること。

これを見ても税法用語ばかりで、何やらややこしい印象となってしまうので、もう少し柔らかい表現を使うとこうなる。

①親会社が球団に対し支出した金銭のうち広告宣伝費と認められるものは損金算入を認める。

②球団の欠損金(赤字)を補填するために親会社が支出した金銭は広告宣伝費とする。

③親会社が球団に貸付金と処理していても、②に該当するものは損金算入できる。

④この通達より以前の事業年度に遡って、親会社が球団の欠損金(赤字)を補填するためにした借金も損金算入できる。

これで、かなり分かりやすくなったので、この通達が意味するところ、その問題点もご理解頂けるのではないだろうか。

アクロバティックな離れワザ

つまり、この通達が出された昭和29年(1954年)から長きに渡り、プロ野球の世界では、球団が赤字を作ってもその親会社は喜んでその補填をし税務軽減を受けるという構図が存在してきたのだ。(今こそチケット獲得の難しい球団となっている横浜ベイスターズも、僅か10年前までは毎年20億円の赤字を出していたが、それを「広告宣伝費」という名目で赤字補填していたTBSは、それによって約8億円の節税が出来ていたとされている)

本来であれば、子会社(球団)の作った赤字を親会社が補填しようとした時、それは「寄付金」として扱われ、「損金算入」など出来ようもないが、プロ野球界ではもう60年以上そうされていない。

そもそも「広告宣伝費として認め」という箇所自体が、相当アクロバティックな離れワザ、法解釈の捻じ曲げ、であるのは間違いないが、なんにせよこの通達の狙いは「プロ野球ビジネスの温存」であり、そこには「課税公平の見地」もへったくれもない。

そしてこの税制優遇によって、プロ野球界には慢性的な赤字垂れ流し体質が長く蔓延してきた。

読売・阪神など極々限られた球団以外は、たまに「親」がすげ変えられることはあったにせよ、よくぞまあ、この長きに渡って生き長らえたなと思えるほどの「経営体」であり続けたのだ。

それもそうであろう。

球団側からすれば、赤字を出しても親会社が喜んでその穴を埋めようとしてくれるのだから、経営努力をする必要性・モチベーションを感じろという方が難しい。

国税庁への照会

と、何を突然、プロ野球界に存在してきた「アクロバティックな税制優遇」について書くのだと思われてしまったかも知れないが、これが今後のJリーグ、ひいては日本のあらゆるスポーツ界に対し、非常に大きな影響を及ぼす可能性が出てきている。

5月19日にオンラインで行われたJリーグによる「チェアマン定例会見」において「昭和29年の国税庁個別通達がJリーグにも降りた」ことを、登壇した村井チェアマン、木村専務理事が認めた。

その際に村井チェアマンと木村専務理事が発したコメントを引用すると

村井:国税庁への照会の内容は、JFL、なでしこリーグ、Bリーグ、他のスポーツ団体に対するスポンサーシップの在り方で共通のガイドラインという認識ですので、非常に汎用性の高い内容だと考えています。

木村:適用はすべてのスポーツになります。サッカーにおいては、JFL、アマチュアも該当します。

となっているので、今後は日本のあらゆるスポーツシーンで「赤字補填→広告宣伝費扱い」という離れ業と、「赤字補填→税務優遇ゲット!」という資金運用構造が、60年以上前にプロ野球向けに作られた特別通達に則り「ノーマル扱い案件」となる。

手ぬるい!

ここまで私は(若干の悪意も忍ばせながら)この特別通達の実態について、出来得る限り公平に書いたつもりだが、実は多くの方が思われている通り、この「60年以上前にプロ野球向けに作られた特別通達」は、法曹に関わる人々の間でも度々批難されてきている。

その多くは「赤字補填→広告宣伝費扱い→損金算入」という離れ業の「無理筋」を指摘するもの、また、事実上「赤字補填をすれば税制優遇を受られる」という構造を生み出すこの特別通達が、税制上、非常に公平性の欠けたものであるとう指摘だ。

ただ、Jリーグの将来、日本サッカー、そして日本スポーツ界の将来を危惧するものとしては、これらの指摘だけでは手ぬるいと思っている。

「建前」の後ろで「本音」が丸見えになっている

かつて、その多くが「赤字垂れ流し体質」だったプロ野球界。

そのプロ野球界では今、かなり経営体質の浄化がされてきている。

先に挙げた横浜ベイスターズは、スタジアムの観客席を増築。それでもチケットのプラチナ化は留まるところを知らない。他にも広島、パ・リーグに目を移せばソフトバンクを筆頭に、日ハム、西武、楽天、ロッテと、球団による経営努力で著しくサービスが向上し、観客動員規模も暗黒時代から大幅に改善された。

それもこれも、世界に冠たる企業が日本からひとつふたつと減っていき、日本全体の経済状況が芳しくなったことで、「喜んで赤字補填する親」になり得た大企業の体力が、著しく落ちたことに大きく起因している。

つまり、Jリーグが中心となって取り付けたこの特別通達そのものが、言わば時代錯誤的な通達であり、仮にその「恩恵」を受けられる企業、Jクラブがあったとしても、かつてのプロ野球ほどの期待はできないと予測出来るのだ。

そして何よりも、Jリーグが標榜してきた「Jリーグ百年構想」的な哲学、或いは実業団スポーツから脱却。

こうした日本社会にとって真新しい、言ってみればスポーツの新たな価値創造という「夢」を実現するのに、「読売ジャイアンツのためのプロ野球」を温存させんが為に無理筋で作られた特別通達を頼っている時点で、「建前」の後ろにある「本音」が丸見えになっているように感じられないか。

花はどうやって咲かせる

この特別通達の報を聞いて、名古屋グランパス(トヨタ自動車サッカー部)や、柏レイソル(日立製作所サッカー部)を子会社として持つ親会社は、そのメリットが少なからず生まれたのだから、小躍りしているだろう。

でも日本サッカー界全体を見たらどうか。

日本のみならず世界中のあらゆる経済が、過去に例を見ないほどのダメージを受けること。そのリアリティが日に日に増していくからと言って、こうもあっさり「花より団子」となっていいのだろうか。

そうして「団子」を得たとして、1度捨てた「花」をその先で得ることは出来るのか。

「Jリーグ百年構想」で掲げられた「夢」は、その1つ1つが「花」である。

どんなにカネを掛けたところで、「花を咲かせよう」という思いが二の次となれば、それは難しい。

土を耕す人、水をやる人、雨風から蕾を守る人、人々の「思い」が繋がって、そしてやっと「花」は蕾を開き、美しく咲いてくれる。

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