降格チームなしの判断
テレビCMの中から聞こえてくる「東京2020観戦券プレゼント」という売り文句に、ただ虚しさを感じるようになったのは、せいぜいこの1週間以内の話であるように思うが、そんな最中の3月19日、Jリーグが2020シーズンのJ1・J2リーグにおいて「降格チームなし」とすることで、全クラブと合意に達したと発表した。
発表によれば、J2・J3リーグから上位カテゴリーへ2チームずつの昇格がある一方で、J1・J2リーグ下位チームの降格は行われない。ただし、リーグ上位チームの中にライセンス条件を満たさないクラブがあった場合には、昇格チーム数の変動もあり得る。
こうした発表がされた背景には、当然ながら新型コロナウイルス禍により、依然としてリーグ休止状態を余儀なくされている実情が前提として存在するが、それにより早くても4月頭からリーグ再開を出来たとしても、予定されていた試合数を消化することが困難になる可能性、そして何よりも各クラブに経営的負担(降格による減収)をかけまいとするJリーグ側の強い思いが、そこに反映されていると取るのが正確であろう。
ちなみに、現時点で来季(2021シーズン)における昇降格レギュレーションについては、正式発表はされていない。

今回発表された2020シーズンのJリーグ昇降格レギュレーション
絶対に存続させる
Jリーグ原博実副理事長は、Jリーグの公式YouTube番組「JリーグTV」の中で、今回の発表を『苦渋の決断』としながら
『大義としてJリーグとクラブを絶対に存続させる、絶対に潰さない』ことを挙げ、その為に
『(日程他の条件的に)不公平なリーグであっても成り立たせる最大の努力』が必要であり、
『「降格なし」は、降格時に被るクラブの経営リスクの担保を取るもの』と説明した。
また、Jリーグ再開に向けた懸案事項として
『前提条件があまりに多すぎて、日程を組むのが非常に困難』と話し、その「前提条件」として具体的に以下の要素を挙げた。
- 東京オリンピックの開催有無
- ACLの延期スケジュール
- インターナショナルマッチウィークの延期スケジュール
Jリーグが現時点での予定通り、4月頭から再開出来たとしても、既に5試合前後のリスケジュールが必要で、その分がそのままミッドウィーク開催となるのは必然。ほとんどのクラブが自前スタジアムを保有できていないJリーグにあっては、その試合会場を確保する段階から大きな壁にぶつかってしまう。
中でも、東京オリンピックに使用されるスタジアムをホームとしているクラブについては、ホームゲームを中立地で開催することになる可能性も高い。
いずれにせよ、新型コロナウイルス禍がどの様に進展していくのか、ほとんど予測できない状況の中、仮に東京オリンピックの開催が見送られたとしても、それはつまりJリーグの開催可否に影響を及ぼすと考えることも出来るわけで、いずれにせよJリーグにとって非常に難しい判断を強いられ続けるシーズンになることは間違いない。
また、原副理事長は今季のJリーグについて、リーグとしての成立ラインを全試合の75%とする考えで議論しているとも話した。
判断基準は「Jリーグ理念」
JリーグTVの中でJリーグ村井満チェアマンは、今回の新型コロナウイルス禍に立ち向かうJリーグが様々な決断をしていく上で、サッカー界以外からJリーグの世界にやってきた人間として『何か本当に迷う時、右へ行くか左に行くか』その判断基準は「Jリーグ理念」でしかなかったと話し、中でも
「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」についての大事さを強調した。
つまり、この国難に対しても選手やチーム関係者、クラブ関係者、そしてファン・サポーターの健康守っていく一方で、『スポーツがあることで豊かな社会を作れるという強烈な自負』があるからこそ、リーグを『絶対に中止してはいけない(観客を入れる形で)』と考え、それがJリーグ理念の実践であることを説いたのだ。
しかしながら、現状を鑑みた時、その使命感だけで全てがJリーグ側の思い通りになるわけもなく、今後リーグ運営を遂行していく上でのポリシーについて、想定も含め以下のような階層に沿って説明した。
1階層・国民の健康を第一に考えること
2階層・スポーツは続けなくてはいけないということ
3階層・日程を動かしてでも観客と一緒に再開すること(現時点の立ち位置がこれに当たる)
4階層・非常事態宣言が発動された場合などに想定される、強制的な無観客でのリーグ開催
5階層・選手などに感染者が発生し、無観客でも試合が成立しない場合
また、リーグ再開の判断基準として、
「ファン・サポーター、観客も含めてJリーグ側が開催に必要な準備態勢を整えること」
「社会的合意(具体的には新型コロナウイルスの基本再生産数が下がり感染拡大が収束の傾向を見せる状況)が得られていること」
という2つの要素を挙げ
『刻々と変わっていく情報を共有しながら対応していきたい』と述べた。
もう「状況的コンテンツ」は使えない

こうしてJリーグ側の置かれた状況やポリシーを見てくると、現在Jリーグファン・サポーターが注視する「降格なし開催」が、今から出来るリーグ運営方法の中で最も「通常営業」に近い形であり、そうしたことから、既にJリーグには例年と同じ条件でのリーグ運営を出来る可能性が残っていないことにも改めて気づかされる。
また、今後の新型コロナウイルス禍がどう展開していくかによって「降格だけでなく昇格もなし」という判断、さらには日程の75%を大きく下回るリーグ消化しか叶わない状況や、シーズン終了まで「全試合が無観客開催」という状況が待ち受けている可能性も十分想定が出来る。
そしてそうした判断が、真綿で首を締めるが如く、時間の経過とともに徐々に圧し掛かってくることも考えられるだろう。
そうなると当然ながら、例年Jリーグが「売り」にしてきた「状況的コンテンツ」の多くはほぼ使うことが出来なくなる。
既に降格がなしとなっているので「残留争い」が使えないことは決定済み。
また仮にチーム間で試合消化数に大きく差が生じれば、「勝ち点や順位争い」「優勝争い」もボヤけてしまうだろう。
そこからさらに「昇格」もなしとなってしまえば、既存大手メディアはJリーグをどう報じたらいいのか、頭を抱えてしまうはずだ。
ターニングポイント
ただ、そうしたJリーグの「状況的コンテンツ」のほとんどは、リーグと言う複数のチームが争う舞台を相対的評価で堪能するものであって、サッカーを芸術のひとつ、ピッチ上に繰り広げられるアートとして捉えることが出来れば、さほど大きなネガティブ要素にはなり得ないと私は考えたい。
つまり、チームの戦績、勝敗という評価機軸にそもそも意義を見いだせないのであれば、その1試合、その瞬間瞬間にサッカーの素晴らしさを見いだす感性を育むことをしていけばいいし、それが醸成されるターニングポイントとして、この2020シーズンのJリーグは後世にも語り継がれる可能性すらあると私は思いたいのだ。
昨季、J3、Y.S.C.C.横浜のシュタルフ監督にインタビューした際、監督はJ3というリーグで戦う意義をこう語ってくれた。
「J3は世界にも珍しい降格のないリーグ。そうだからこそ出来る挑戦がある」
もしかしたら、今季のJリーグではこれまでに見たこともないような、面白いサッカーをピッチ上で体現するチームがいくつも出現してくるかも知れない。
昇降格・順位、そうした「状況的コンテンツ」に引っ張られ、表現に制約をせざるを得なかった監督や選手たちが、ファン・サポーター、そして日本社会に対してサッカーの面白さを提供し、それがもしかしたら「豊かなスポーツ(サッカー)文化の振興」へと繋がって行くかも知れない。
そんな風に考えれば、Jリーグに今後どんな試練が待ち受けていようとも、それを少しは冷静に受け止めることも出来よう。
あらゆる行動に「社会的理由」が必要となり、それがいつまで続くのか分からない閉塞感に苛まれる日々を過ごす中で、それでもサッカーに光を見いだそうとした時、私はこう考えながら心身のバランスを保とうと思う。