アディダスジャパンのプロモーション
3月8日の「国際女性デー」が、同時に「FIFA女子サッカーデー」として定められていることを受け、アディダスジャパンが以下のプロモーションを発表した。
“サッカーをやりたいと思った子が、その町にチームがあるというのが夢”
女子中学生年代のサッカーチーム創設を支援する、HER TEAM プロジェクト始動。https://t.co/1eokEY639q
女子スポーツの未来を創る。#createthechange #国際女性デー #JFA女子サッカーデー #サッカー #adidas #アディダス pic.twitter.com/76NOEAJMUA— アディダス ジャパン (@adidas_jp) March 8, 2020
「女子中学生年代のサッカー」にフューチャーしたこのプロモーションは、日本女子サッカー界の実情を考えた時、JFAが「なでしこジャパン」を核とした年代別代表チームの強化、或いは、「女子サッカープロリーグ化」の旗振りを大々的に行っているのに対し、女子サッカー界が発展していく上で、非常に地に足のついた取り組みであり、強いては日本社会におけるサッカーの価値向上をも見込める主張であると私は捉えている。(スポーツブランド、なかでも特にサプライヤーとしてのアディダスジャパンの企業特性からすれば、人口減に伴いチーム・選手の減少傾向に歯止めが利かない現状に対し、指を咥えてそれを眺めていることも出来ないのだろう)
圧倒的に少ない中学年代の女子チーム
以前このブログ内で、あらゆるスポーツ系部活動の中で、中学より高校の方が絶対数が多くなっている女子サッカーの特異性にも触れたが、そこからだけでも、中学年代にある女子選手のプレーする場が枯渇していることは明らか。
過去記事『なでしこリーグはこのままプロ化してしまっていいのか?』
以下は、2018年度の東京都サッカー協会チーム登録数を一覧にした表だが、47都道府県で最も登録チーム数が多い東京都ですら、中学校女子サッカー部は2チームしか存在していない。
中学年代までは、学校部活のいわゆる「中体連」ではなく、クラブチームが盛んである傾向はあるにせよ、女子に限って言えば、それに該当するチーム数は22。これが高校年代になると、高体連53+クラブチーム6=59チームとなるのでその差は倍以上。
つまりこれを踏まえると、中学年代の女子選手に対する受け皿の整備がされていないのは、学校部活に限った話ではないことも分かってくる。
中学年代と高校年代との間で、チーム数にこれだけの差が存在しているので、当然ながら登録選手数にも、中学年代568人、高校年代1,622人と非常に大きな開きがある。
女子においても、トップクラスの選手たちのほとんどが、小学校低学年頃にはチームに入りボールを蹴りはじめるのがスタンダードとなっているが、彼女たちは中学年代になった途端に、サッカーをする場所を失ってしまっているのだ。
(12歳以下の選手は男女を問わず4種チームとして扱われる形になるので、小学生女子だけに限った実数は、この一覧表に反映されていない)
4つのチームの「育成年代」をトレース
ではここから少し視点を変えて、昨季のJ1王者「横浜F・マリノス」、なでしこリーグの強豪「東京ヴェルディ日テレベレーザ」「INAC神戸レオネッサ」そして女子の学校部活において最も競技人口が多いバレーボールから、前回のVプレミアリーグ王者「久光製薬スプリングス」の4チームをピックアップし、それぞれのチームに所属する選手たちの育成年代(小学生~高校生)をトレースしていこう。
Jリーガーの場合
先ずは横浜F・マリノスから。

ほとんどの選手が高校年代(2種)までは出身地都道府県内、或いはその近郊で育成されているのが、カテゴリーを問わず男子サッカー選手に共通する傾向。
この一覧で確認して頂きたいのは、選手たちそれぞれの「出身地」と「中学年代(3種)」の相関だ。
この相関に乖離、つまり「出身地」の都道府県と「中学年代(3種)」で所属したチームのそれとが異なっている選手は、名前の欄を黄色にしている。
例えば、流通経済大から今季加入したGK、オビ パウエル オビンナの場合、埼玉県出身だが中学年代からJFAアカデミー福島に所属しており、「出身地」と「中学年代(3種)」の都道府県が異なる為、名前欄が黄色となる。
名前欄が黄色くなっている選手は他に3人いるが、全て神奈川県出身の選手が、東京ヴェルディの下部組織に所属したケースであり、純然たる「黄色」は1人だけと言っても良いのかも知れない。
なでしこリーガー(日テレベレーザ)の場合
次に、長く日本の女子サッカー界を牽引し続けている東京ヴェルディ日テレベレーザを見てみよう。

日テレベレーザの場合、中学年代で既にトップチームデビューを果たす選手が多いのも特徴。
ここで一気に「黄色」の選手が11人まで増える。
しかしながら、その11人のうち10人までが、神奈川、埼玉、千葉といった東京近郊からベレーザの下部組織である日テレメニーナに中学年代から加入したケースで、女子サッカー界随一とも言えるベレーザの育成機関が、東京・神奈川を中心に南関東地域の優秀な女子選手を集めるスキームを確立していると捉えるのが自然だろう。
その一方で、現在なでしこジャパンでも確固たる存在感を示している、長谷川唯、清水梨紗の様に、幼少期に埼玉や神奈川へと転居しているケースも散見され、仮に彼女たちが宮城県(長谷川)や兵庫県(清水)にずっと暮らしていたとしても、ベレーザへ辿り着くことが出来ただろうかと思えなくもない。
なでしこリーガー(INAC神戸)の場合
3つ目は、日テレベレーザと並び、女子サッカー界をリードするINAC神戸レオネッサ。

女子選手の多くが小学生時代からチームに所属しているが、そのほとんどは実質的に男子チームである。
INAC神戸の場合、ベレーザと比較し育成機関の存在感が未確立であり、所属する選手の供給源も多岐に渡っている。個別に見ていくと「出身地」と「中学年代」の都道府県が異なる「黄色」の選手は7人。うち4人がJFAアカデミー福島出身となっている。
JFAアカデミー福島は、基本的に中高年代一貫の育成機関なので、INAC神戸に所属している4人の選手たちも、その全員が中学年代から親元を離れ育成を受けた。
こうしてJリーグのトップクラス、なでしこリーグのトップクラスにある選手たちの足跡を辿ってみて分かるのは、中学年代において学校の部活動(いわゆる中体連)に所属していた選手が極めて少ないということだ。
しかしこれについては、地元中学校の多くにサッカー部が存在し、それがJクラブのジュニアユース、或いはそれに準ずるような強豪クラブチームなどに「昇格・入団」出来なかった選手たちの受け皿としても機能している男子に対し、女子の場合は中学校部活としての「サッカー部」がほとんど存在していないわけで、この年代でサッカーをしたいと思う中学生が、女子であるという事だけで、環境的格差を強いられる実情を如実に表わしている。
女子バレー国内トップクラスは?
では最後に、女子バレーボールの強豪、久光製薬スプリングスを見てみよう。

女子バレー選手の多くが、ママさんバレーに付き添ったことをきっかけにして幼少期にバレーを始めている。小学生欄が空白になっている選手も、特定のチーム名こそ見つけることが出来なかったが、何らかの形でバレーをしていた可能性が高い。
女子バレーボールは、中学年代~高校年代において最も競技者の多い種目であり、女子サッカーと比較した場合、高体連で約6倍(女子バレーおよそ6万人、女子サッカーおよそ1万人)中体連に至っては25倍以上(女子バレーおよそ15万人、女子サッカーおよそ5千人)の開きが存在している。
そんな女子バレーの育成年代を勝ち抜いてきた選手たちが、この久光製薬スプリングスに集まってきているわけだが、女子サッカーのそれと比較した時に、明らかな違いをそこに見て取ることが出来る。
その1つが、Jクラブの育成機関、或いはクラブチーム出身の選手がその多勢を占めているサッカーと大きく異なり、女子バレー国内トップチームの選手たちの全員が、高体連、中体連出身であること。
そしてもう1つが、女子バレーの選手たちのほとんど全員が、中学年代まで出身地にある地元部活動に所属し、さらに言えば高校年代においても出身地域を大きく離れプレー環境を求めた選手が存在していないということだ。
久光製薬スプリングスの場合、京都府出身の井上愛里沙選手が、中学年代で隣県岡山の強豪、就実中学に「留学」しているのが唯一の例外で、他の選手たちは全員、出身都道府県内にある中学女子バレー部に所属し、高校年代においても、福岡県出身選手がこれもまた隣県大分の強豪、東九州龍谷高校に進学しているのが目立つくらいで、他はほとんど出身都道府県内の高校女子バレー部に所属したことになっている。
女子サッカーの場合、高校年代は半ば当然として、中学年代であっても親元を離れ「留学」する選手が珍しくないので、この違いは歴然だ。
中学生になった途端プレーする場を失う少女たち
しかしながら、これまでに見てきたのは、サッカー、バレーともに国内トップクラスの選手たちのケースであり、高校年代になる頃には親元を離れざるを得ない環境にある女子サッカー選手についても、一応彼女たちの「受け皿」は存在しているわけで、そうでない選手たち、つまり競技者になるほどの能力・才能を持っていないサッカー少女達は、先にも書いたように中学年代になった途端、そのプレーする場を失っている実情がある。
そして、この状況を変えていかないことには、日本女子サッカーの競技力向上の根本的、構造的課題をクリア出来ないどころか、日本サッカー界における女子サッカーの地位向上、ひいては社会におけるサッカーの価値も本当の意味では上がっていかないのではないかと私は考える。
日本女子サッカーに長く存在する課題
冒頭に挙げたアディダスジャパンの『女子中学生年代のサッカーチーム創設を支援する、HER TEAMプロモーション』では、“サッカーをやりたいと思った子が、その町にチームがあるというのが夢”というキャッチフレーズを掲げ、そのプロモーションVTRには、なでしこジャパンの高倉麻子監督も出演している。
高倉麻子監督と言えば、中学年代から「天才少女」として度々サッカー雑誌でも取り上げらた逸材で、年齢が近いことから、私も彼女が地元福島から週末ごとに東京にサッカーの練習や試合に参加する為に通っていたという逸話を、当時からリアルタイムで知っていた。
つまり、あの当時から現在に至るまでに、日本サッカー界のおける女子サッカーの構造的課題はそれほど大きく変化出来ていない。
1989年に女子としては初の全国リーグ「日本女子サッカーリーグ」が発足し、1994年には「L・リーグ」と名を改め、実力のある外国人選手が集まり、プロ契約をする選手も現れるようになる。そして2011年にはドイツで開催された女子W杯で日本女子代表が優勝。「なでしこジャパン」という愛称も広く人の知るところになり、選手たちには国民栄誉賞も贈られた。
しかしながら、こうして「プロ化(セミプロ化)」「W杯や五輪での活躍」があっても、相変わらずサッカー少女たちは中学生になるとサッカーを続けられないのだ。
要するに、今盛んに叫ばれている「女子サッカープロリーグ化」をしたところで、それに伴うサッカー少女たちのプレー環境底上げを盲信するのはおかしな話であるし、仮にそれでトップクラスの選手たちの競技力が向上し、再びW杯や五輪で大活躍するなでしこジャパンの姿が見られたとしても、それによって女子サッカーの構造的課題がクリア出来ないことは、つい9年前の実情を見れば明らかなのだ。
アディダスジャパンはJFAの大口スポンサーでもある。是非ともこの新たな取り組みに対し、それが単なるプロモーションだけで終わらぬよう、主体的で実のある支援をJFAには期待したい。