イエローハウス
そこで強く感じることが出来たキーワードは『存続』であったように思う。
1月11日、三協フロンテア柏スタジアムの記者会見場で行われたイエローハウス(クラブとファン・サポーターによる意見交換会)において、クラブ側を代表し、ほとんど全ての質問に答えた柏レイソル・瀧川龍一郎社長の言葉の中には『クラブの存続』を重視する姿勢が一貫して感じられた。
私自身、こうした場に「いちファン」として立ち会うのは初めての経験だったが、いわゆる「Jクラブ主催の意見交換会」が、ファン・サポーターのガス抜きとして機能している側面があることは認識していたし、このイエローハウスにおいても、そうしたムードが少なからず存在していた様にも思えるが、それでも、J2降格となった2018シーズン、そして13ゴールという信じられないスコアで有終の美を飾った2019シーズンと、そのいずれのホームゲーム最終節の場においても、ゴール裏から猛烈なブーイングを浴びせかけられ、未だ多くのファン・サポーターの間で「悪者」として扱われてしまっている瀧川社長は、時に私見も混ぜながら非常に真摯に答弁されていたと思う。
そんなイエローハウスの模様が「要旨」として、クラブ公式サイト内に公開された。
『2020柏レイソルイエローハウス』要旨(柏レイソル公式サイト)リンク
その先に「何」を見ているのか
この「要旨」はあくまでも「要旨」であって、質問者やそれに答える瀧川社長、またクラブ担当者の発言の全てが、その主旨をまとめた形になっており、その場の温度感についてまでは、なかなか理解するのが難しい内容となっているものの、少なくとも私自身が質問した2つの内容
『昨シーズンはビジターサポーターが少なかったこともありますが、満員になった試合も少なかったと思います。ビジターエリアの空席が勿体なく、損失だと感じました。過去の経緯も理解しているつもりですが、ホーム・ビジターの完全分離はこの先も明確にしていくのか、あるいは何らかの形で変えていく、緩和していく方向性があるのか教えてください。』
『選手によっては、たくさんSNSを更新していて、ファンも身近に感じることが出来ていると思います。個人によって発信に差がありますが、クラブとして選手個人のSNS運用について、制限をしているのでしょうか。』
について、その質問意図が曲解されるようなこともなく、非常に端的に文章化されており、この「要旨」を作成したクラブ担当者の有能さを垣間見るような思いだが、この2つの質問に回答する瀧川社長の言葉についても、私があの場で受け取った印象がそのままそこに反映されており、妙な安堵感を覚えている。
特にこのイエローハウスにおいて、最初の質問となった
『昨シーズンはビジターサポーターが少なかったこともありますが、満員になった試合も少なかったと思います。ビジターエリアの空席が勿体なく、損失だと感じました。過去の経緯も理解しているつもりですが、ホーム・ビジターの完全分離はこの先も明確にしていくのか、あるいは何らかの形で変えていく、緩和していく方向性があるのか教えてください。』
については、瀧川社長による回答
『おっしゃることは非常によく理解しております。キャパシティの問題はさておき、出来る限り多くの方にサッカーを楽しんで頂きたいという思いがあります。スタジアムを満員にして、共に喜んで頂ける方を増やしていきたいというのがサッカー界のためでもあり、レイソルのためでもあり、社会のためでもあります。
ただ、警察当局より安全上の観点から、アウェイサポーターを完全分離するよう指導を受けております。ご質問の主旨は将来的にこれが続いていくのかということかと思います。警察当局の指導はしっかりと守っていかなければなりませんが、環境は常に変化していきます。個人的見解も入りますが、長い目で見れば変えていけるのではないかと思っております。やはり私共の責任は、ご来場された皆さんに安全に楽しく観戦して頂くことです。現時点では、当面の間アウェイ分離を緩和していくことは難しいと考えております。』
も含め、私がこのイエローハウスに参加しようと思った目的の多くを果たすことが出来、非常に満足している。
私がこの質問を回の冒頭にしたかった理由は明確で、50以上あるJクラブの中でも、特に盤石なバックボーン(日立製作所)に支えられ、経済的理由で倒産したり消滅したりすることが考えにくい柏レイソルというJリーグクラブが、この先にどんな道を歩んでいこうとしているのか、大袈裟かも知れないが私はこの質問にそうした思いを込めていた。
つまり、経営規模を拡充していくことが「クラブ存続」の必須項目となっているようなJクラブも少なくない中、柏レイソルは状況的に全くそうではない。
だからこそ、その「先」に何を見ているのか、私はそれを会の冒頭で確認したかったのだ。
J屈指の「素晴らしい」スタジアム

私は日立台がJリーグで他に類を見ない素晴らしいスタジアムの1つだと思っているが、その素晴らしさを十分に活かしきれていないとも思っている。
そして、そう思う最大の理由は、現状の「ホーム・ビジター完全分離」運営にあると考えている。
では何故、この「完全分離」が日立台の素晴らしさを十分に活かす上での障壁となっていると考えるのか。
それは、この「完全分離」によって、柏レイソルの試合を見に来る観客の全てが、ホームとビジターとに「色分け」される印象を生み出してしまうからに他ならない。
日立台が他に類を見ない素晴らしいスタジアムだと私が思う理由、それはあの危険とも思えるほどの臨場感にある。
選手たちの息づかいすら聞こえてくる距離で、Jリーグの試合を観戦できるシチュエーション。
確かに雨が降れば屋根が無いのでびしょ濡れになるし、座席にドリンクホルダーがついていないので常に飲み物の置き所には注意しなくてはならない、更に言えば背もたれの無い椅子に座っての90分間はなかなか辛いものもある。
それでも、そうしたネガティブな要素の全てが、あの距離感で日本トップクラスのサッカーを目撃出来るという事実を前に吹っ飛んでしまうし、これは他のJリーグスタジアム、更には日本のあらゆるプロスポーツと比較してみても、圧倒的アドバンテージだろう。
しかしながら、そんな圧倒的アドバンテージを享受出来ているのは、事実上「柏レイソルを応援している人たち」と「柏レイソルと対戦するチームを応援している人たち」に限られているかの様な錯覚を私は度々日立台の観客席にいながら感じている。
そしてこう思うのだ。
「あまりに大きな損失だ」
つまり「ホーム・ビジター完全分離」のされた日立台は、単純に双方のファン・サポーターをスタジアム内で分離させているだけでなく、その両方に含まれない多くの人々(これは何もサッカーファンだけを指してはいない)をスタジアムから事実上締め出しているように私には見えている。
もちろん、そうした意図をクラブ側は持っていないだろうし、そこに集まっている多くのファン・サポーターにしても同じだろう。
ただし、この先の柏レイソル、この先の日立台を考えた時に、「ホーム・ビジター完全分離」によるスタジアム運営を当たり前のモノとして捉えているのか、ある深刻な問題・事象に対する「緊急措置」として捉えているのか(つまり非日常)、現状のスタジアム運営状況をどう評価するのかによっては、それによって生じる(生じている)損失についてまでは、想像が行きつかないこともあり得るだろう。
稀有な存在

瀧川社長の回答の中には、少なくとも柏レイソルが現状の「ホーム・ビジター完全分離」を必ずしも良しとして捉えていない姿勢を感じ取ることは出来た。
実際問題としては、警察当局から指導されている状況に対し、申し入れをし許しを請いてまでも、「安全・安心」なスタジアムの「存続」(=クラブの存続)が困難になるかも知れぬリスクは取れないといった所だろう。
強化費とスタッフ人件費とを秤に掛けているJクラブすら存在する中で、練習場やクラブハウスはおろか、ACLまで開催出来るホームスタジアムを自前で保有出来ている柏レイソルは稀有な存在だ。
そんな稀有なクラブであるからこそ、J2に降格してもチーム人件費の規模が大幅に減額されるようなこともなく、日本代表にも選出されるような才能ある選手や、実力ある外国人選手が満足するだけの十分な待遇を用意し、それ自体ではほとんど収益を望めない育成機関(下部アカデミー)についても、日本トップクラスの水準で運営・維持が出来ている。
また、クラブグッズの多くをJリーグエンタープライズの企画商品に頼り(多く販売出来たとしてもクラブに入る実利は少ない)ほとんどのJクラブが毎シーズンどころか、夏季限定などの企画物まで販売し、グッズ収益の大きくを占めているドル箱商品のユニフォームについても、2年に1度のデザイン変更に留めているのは、柏レイソルというクラブが、そうした売上を必要としていないクラブであることの表れでもある。(公表されているデータ上、柏レイソルのグッズ収益はJ1においては最低レベル)
つまり、柏レイソルというJリーグクラブは、前提として日立製作所のさじ加減があった上で現在の経営規模を維持し、その日立製作所が日本有数のグローバル企業であることから、クラブが経営難に陥る可能性はほとんどなく(段階的撤退の可能性はゼロではないが、それによって生じるであろう企業イメージの低下を考えれば、そう簡単にその判断は出来ないだろう。少なくともJリーグはそのレベルの影響度を日本社会に確立出来ていると私は考える。)クラブが危機に直面する可能性として唯一「安全・安心」なスタジアム運営が出来なくなったケースが想定されるからこそ、それを生じさせかねない要素については、クラブ側もどうしても尻込みをせざるを得ないし、少々腰が引けすぎと思われる答弁もあったが、そうした姿勢を取ってしまいがちになった要因の中には、過去にクラブがファン・サポーターの溢れる感情(暴走?)を制御出来ない事態に陥った苦い経験が、少なからず影を落としてもいるのだろう。
瀧川社長は今現在、日立製作所での任を外れ、2年前より柏レイソルの社長として専従する立場にあるが、彼にとって最大のミッションは、このクラブを次の世代へと確実に繋いでいくことであり、その行動規範の大元には常に『存続』というキーワードがあるはずだ。
と、半ば確信的にこう書いたのには理由がある。
「存続」
3時間にも及ぶイエローハウスが終了した後、私はひとり瀧川社長の下へと歩を進め、そこでしばらくの間立ち話をさせて頂いた。
そこで私はこの様に申し上げた。
『あんな質問をしましたが、私は日立台のスタジアム運営について、クラブが警察から指導を受けていることも認識しておりました。ただ、もしJリーグ側が全クラブに対してスタジアムにおける「ホーム・ビジター完全分離」を是正していけと、そういう通達が出されるようなことになれば、警察当局の姿勢も変わるとお考えですか』
これに対して瀧川社長はこう話された。
『それはあるかも知れません、ただJリーグ側にとってそれはリスクのあることですね』
そしてその後に交わした会話の中から、瀧川社長が柏レイソルにとって最も大切なことが、「クラブの存続」にあると強く認識しておられることも確認出来た。
日立台にホーム・ビジターの垣根がなくなり、レイソルやその対戦相手のいずれかを応援するという目的を持つファン・サポーターだけでなく、単純に「サッカーの臨場感」を堪能したいと思う人たちまで自然に巻き込んでいく光景、言うなれば「より多くの人々にとって欠かせぬ空間」へと日立台が進化する姿を見ることが出来るのは、まだ先の話になりそうだ。
それでも、今回のイエローハウスでそうした話を瀧川社長と出来たことは私にとって非常に有意義だったし、個人的見解と断りを入れながらも、その主旨を理解するだけの見識を持たれた方が、Jクラブの社長をされている事実を確認出来たのは、素直に嬉しいことでもあった。
そして、私が日本のサッカーに追い求める究極のテーマ『存続』についても、それを言葉としてはっきり瀧川社長の口から聞くことが出来たのは、収穫以外の何物でもない。
柏レイソルが「存続」していく為に、果ては、Jリーグが、日本サッカー界が「存続」していく為に、この先どんな道を歩んでいけば良いのか。
それを今シーズンも日立台に通いながら、肌感覚で理解する努力をしていきたい。