〈高校サッカー選手権決勝〉 静岡学園の15分間と贈り物

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15分間

「堅強な金庫」のダイヤルを親指と人差し指でつまみ、扉に聴診器を当てながら、慎重に「答え」を探るカギ職人は、時にその指を素早く大胆に回していたかと思えば、次の瞬間にはその指を止め、周囲に「シーっ」と静寂を要求している。

高校サッカー選手権決勝。

前半33分に青森山田が獲得したPKを確実にゴールに沈めリードを2点とした時点から、静岡学園が前半アディショナルタイムにセットプレー崩れで1点を返すまでの約15分間。

この15分間の攻防が、私には「堅強な金庫」に挑む「天才カギ職人」の姿に見えていた。

24年ぶりに大会の覇者となった静岡学園。

この優勝は同時に静岡県勢による24年ぶりの優勝でもあり、前日に藤枝順心が女子の高校サッカー選手権を制していたこともあって「王国静岡の復権」との声もあがっている。

贈り物

「王国静岡の復権」

確かにそうした側面もあるだろう。

ただ、私にはこの「王国静岡の復権」という言葉だけでは、この静岡学園の優勝を表わす言葉としてはどうも不足を感じてしまう。

そこで、どんな表現が最も適しているか、よくよく考えた末に思いついたのが

「静岡学園からの贈り物」

である。

静岡学園のサッカースタイルは、現代における最先端のサッカー戦術に即しているとは言い難い。(ように私には思える)

「攻撃的」と評価する向きもあるが、その攻撃はと言えば多くの選手を介在させ、非常に手数の掛かる「非効率的」な攻撃方法だ。(これはこの決勝戦で決めた同点ゴールのシーンを見返して頂くと理解して頂きやすいと思う。)

対戦相手の青森山田が、少ない人数で速く攻撃してくるチームだったこともあり、この決勝戦ではその「非効率的」な部分がより際立っていた。

ただ、その「非効率的」な攻撃が織りなすテンポとリズムが最高に心地良い。

押してダメなら引き、右に回したと思えば左に回し、スローに進めると見せて突如スピードを上げる…

冒頭に「堅強な金庫」と「天才カギ職人」による15分間の攻防について書いたが、まさにあの15分間には静岡学園の魅力が詰まっていた。

静岡学園のサッカーは、最先端のサッカー戦術とは異なるベクトルを向いているのかも知れないし、このステージだから勝者足り得るのかも知れないが、私にとって彼らのサッカーは最高に心地良く、見ているだけで思わず頬が緩んでしまうくらいに楽しめるのだ。

まさにこの大会を通して、そして決勝戦のあの15分間で静岡学園が見せてくれたサッカーは「贈り物」だった。

サッカー文化

そして、こんな「贈り物」が、日本中のサッカーシーンに溢れていたら、どんなに素晴らしいだろうとも思う。

この決勝戦に出場した選手のうち、2020シーズンにその舞台をJリーグに移す選手は、青森山田の武田英寿(浦和レッズ)と静岡学園の松村優太(鹿島アントラーズ)の2名のみ。

それでも暫くの間はその余韻を楽しめるほどの「贈り物」に値する試合がピッチ上にあったのだから、この2人がこの先に挑戦する舞台の側で戦っているチームから我々が「贈り物」を受け取れないはずがない。

綺麗に包装をされリボンが掛かっている訳ではないし、表にのし紙が付けられている訳でもない。

それでも、「ピッチ上に贈り物がある」と信じることさえ出来れば、それは案外簡単に手に入るようにも思う。

そしてその「贈り物」には正解も誤りも存在しない。

ただ、それを共感する人が多ければ、その「贈り物」は確固たるものへと昇華し、それを与えてくれた選手やチームの「スタイル」として認識されるようになり、それが積み重なっていけば「チーム(クラブ)アイデンテティ」「チーム(クラブ)哲学」へと進化していく可能性もある。

きっとサッカー文化とは概して、こうして育まれていくのではないだろうか。

「ピッチ上に贈り物がある」と信じ、自分の感性を楽しもう。

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