奈良クラブ観客動員数水増し事案「Jを目指すことでしか生きられなかったクラブ」

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一貫して強く感じていること

これはやはり、Jリーグがあまりに絶対視されてしまっている日本サッカー界が抱えている病巣なのだろう。

ある匿名Twitterアカウントのツイートに端を発し、クラブとリーグ側、そしてJリーグが声明を発表するまでに至った「奈良クラブ観客動員水増し」について、私が一貫して強く感じているのは、冒頭に書いたような思いです。

つまりこの事案は、Jリーグという絶対的な存在があったからこそ起きてしまったのは、疑いようのない事実であって、実際にクラブ側も『J3昇格基準を達成できない危機感から常態化していた』といった主旨の言葉を、12月7日にクラブ公式サイト上に掲載した「ホームゲーム入場者数カウントに関する調査報告」の中で述べています。

Jリーグ参入を命題としたクラブ

奈良クラブは、2008年に元の奈良県リーグ1部、都南クラブが改称する形で誕生したクラブです。

現在このクラブのNPO法人理事長をされている矢部次郎さんが、奈良県内で「Jリーグを目標」と出来るチームを探し回り、これに賛同したのが都南クラブだったという記録が残っています。

言ってみれば、奈良クラブはその創設の時点から「Jリーグ参入」を命題としたサッカークラブなわけです。

2013年9月には「Jリーグ準加盟クラブ(現行のJリーグ百年構想クラブ)」として承認され、2016年9月には「J3クラブライセンス」の交付を受ける頃には「あとは成績条件(JFLリーグ年間順位)だけ」とばかりに、Jリーグに最も近いクラブの1つとして認識されるようになっていましたが、実際にはこれらとほぼ時を同じくして(厳密にはJFLに昇格した2015年以降)ホームゲームの観客動員数の水増しをするようになり、それがこの2019シーズンに至るまで常態化していたと、クラブ側は明言しました。

彼らは自分たちがJクラブになる為に足りない要素が「成績条件」だけでないことを自覚したはずですが、JFLからJ3への入会条件にある

「⑤JFLにおける百年構想クラブの主催試合において、1試合平均入場者数が原則2,000人以上を超え、かつ、3,000人以上に到達することを目指して努力することが認められること」

をクリアすることに対して、それを重く受け止めていたのか、安易に受け止めていたのかは別として、1試合につき500人前後(クラブ発表データ)の観客数水増しをするのが当たり前になっていたのです。

観客は数字でしかなかった

匿名アカウントによる2019シーズン第3節のスタジアムの様子を映し出した「告発」がされたのが11月29日、クラブ側とJFLがこの「疑惑」を事実として認めたのが12月7日の14:00、Jリーグがこれらに対し「J3入会申請内容の信頼性を大きく損なう事象として、大変重大かつ遺憾に思います」とした声明を発表したのが同日17:30。

それから今現在私がこれを書いている12月12日時点に至るまで、あらゆる立場の人があらゆる見解を述べてきているので、それらについて述べることは他に任せて、私はこの「観客水増し事案」が、‟なぜ”発生してしまったのか、奈良クラブの責任ある立場にある人が‟なぜ”それをしてしまったのか、この部分についてのみ私見を述べていこうと思います。

奈良クラブが‟なぜ”ホームゲームの観客動員数を水増しし続けてきたのか?

それは、奈良クラブがJリーグに参入する上で「1試合平均2000人の観客」が必要だったからで、奈良クラブにとって「努力し観客を増やしていくこと」にも勝る優先度が「Jリーグ参入」に置かれていたということの現れではないかと、私は思います。

こう取ることも出来ます。

奈良クラブにとって観客とはJクラブになる為に必要な「数字」でしかなかった。

彼らにとって1500人の観客では意味がなく、だからそこに架空の500人を上乗せし2000人にして価値をつける。

クラブ経営の責任者にブランディングに長けた経営者を据え『-サッカーを変える 人を変える 奈良を変えるー』という真新しいビジョンを掲げながらも、クラブが創設以来で抱いている命題「Jリーグ参入」を現実のものとするのに、必要なのは「観客数を水増しして変える」ことだったのです。

Jリーグを目指すことでしか生きられない

では‟なぜ”そんな不正までして「Jリーグ参入」をしなくてはならないのか、約10年前に奈良県リーグ1部に所属していた社会人チームの「カラダ」を借りてまで誕生させたクラブが、‟なぜ”今、クラブ創設以来最大の難局に直面しているのか。

それは、奈良クラブが「Jリーグを目指す」ことでしか生きてこれなかった、或いは、「Jリーグを目指すこと」を絶対と信じてきてしまったからだと私は感じています。

本当は、奈良クラブにとってよりベターな道があったかも知れないのに、「Jリーグを目指した」ばかりに、今まさにクラブ存続の危機にすら晒されてしまっているのです。

冒頭に書いた言葉を繰り返します。

これはやはり、Jリーグがあまりに絶対視されてしまっている日本サッカー界が抱えている病巣なのだろう。

恐らく、奈良クラブだけが「Jリーグを目指すことでしか生きられない」「Jリーグを目指すことが絶対と信じている」サッカークラブではないでしょう。

そしてそれと同時に、「Jリーグを目指している」ことでしかサッカークラブの存在価値を測れない、存在価値を置くことが出来ない風潮が、サッカー界だけでなく、この社会自体に少なからず存在しているように私は感じています。

要するに、奈良クラブや他の「Jリーグを目指すことでしか生きられない」「Jリーグを目指すことが絶対と信じている」サッカークラブは、社会にそうしたニーズが大きくあるからこそ存在していると考えることも出来るのです。

生まれるべくして生まれてきた

奈良クラブは自らの意思でその道を選び、その末でこうした不正をはたらくことになってしまった。

だから私は、彼らのことをJリーグを絶対視してきた日本サッカー界の被害者だとは表現しません。

ただ、今の奈良クラブを指して「生まれるべくして生まれてきたクラブ」であると表現することは出来るでしょう。

つまり、「Jリーグを目指すことでしか生きられない」クラブ、或いは「Jリーグを目指すことが絶対と信じている」クラブだったから、生き残るため、自分たちの信じる絶対を全うするために、観客動員数の水増しも出来てしまったのです。

そういう世界をJリーグは四半世紀掛けて日本サッカー界に作ってきてしまったのかも知れません。

そしてこの先の25年。

「Jリーグを目指していくことでしか生きられないクラブ」から「Jリーグを目指さなくても生きていけるクラブ」へ

「Jリーグを目指すことが絶対」から「Jリーグを目指すこと以外の価値追求」へ

日本のサッカー文化をより深めようとする思いを、どれだけ多くの人が抱くことが出来るのか、それこそがサッカーの持つ本当の可能性を大きく広げていくカギとなるのではないでしょうか。

Jリーグクラブライセンスを交付されているクラブによる観客数水増しは明らかな不義で、これまでクラブを支えてきた人々に対しての裏切り行為でもあり、NPO法人としての側面をクラブが持っている以上、社会に対しことの顛末をしっかりと説明する必要もあるでしょうし、ライセンスを交付するJリーグ側から然るべき処分を受けて当然の事案です。

ただ、日本社会におけるサッカー文化の深まりを進めていく道、そこへと繋がる未来への一歩を踏み出すきっかけとして、この事案を捉えることも大切です。

もうこれ以上「観客動員水増し」をさせない。だけでは足りません、これからは「Jリーグを目指さなくても生きていけるクラブ」を日本サッカー界から数多く生み出して行こうという思考の転換が出来ないことには、必ずや「第二の奈良クラブ」が現れてしまうように思うのです。

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