埼スタの夜に受けた衝撃
『衝撃的』
10月2日、埼玉スタジアムで行われたAFCアジアチャンピオンズリーグ(ACL)準決勝。
その1stレグにおいて、浦和レッズが広州恒大を撃破したこの試合が、私にあるひとつの「衝撃」を喰らわせてきたのです。
現在J1リーグですっかり勝利から見放され、目下来季に向けた残留争いをせざるを得ない状況に追い詰められている浦和レッズが、昨シーズンこそライバル上海上港に優勝を奪われたものの、10年近く中国スーパーリーグで圧倒的王者として君臨し続け、今季もリーグ首位を走る広州恒大を「難なく」打ち負かしたという事実が、ある意味で戦前の予想を大きく覆すものであったのは間違いのないことなのでしょうが、私が埼玉スタジアムで感じた「衝撃」はそんな見方などどうでも良くなるくらいのものでした。
その「衝撃」とは、「アジアでは抜群の強さを誇る浦和レッズ」でも「選手入場時にバックスタンドに出現した浦和サポーターによる巨大過ぎるフラッグ」でもなく
「あまりにも弱い広州恒大」
であったのです。
サボるチーム

「あまりに弱い」という表現は少し正確性を欠いたものかも知れません、彼らだって実際に今期の中国スーパーリーグで優勝出来るだけのパフォーマンスを見せているわけですから、それを「弱い」とはあまりに乱暴過ぎますね。
ただ、これだけは言うことが出来ます。
私自身がここひと月ちょっとの間に、埼玉スタジアムで目にしてきた浦和レッズの対戦相手、具体的には松本山雅とHondaFCとこの日の広州恒大の3つですが、これら3つの中で浦和レッズが全てにおいて勝っていると言えるチームは、唯一広州恒大だけであったように思えるのです。
浦和レッズがこの日挙げた2つのゴールシーンに、私が「浦和レッズが全てにおいて勝っている」と思うに至った一端が現れています。
ファブリシオ選手の目が覚めるような先制点も、関根選手の豪快な追加点も、まさに「ゴラッソ」と称賛されて然るべき、素晴らしいミドルシュートでしたが、この2つのゴールを生み出すのには、浦和の選手だけでなく、広州恒大の選手たちも少なからず助太刀していたように私には見えていました。
つまり、日頃、浦和レッズが戦っているJ1リーグや、つい先日戦ったばかりの対Honda FC戦では考えられないような「プレッシャーの甘さ」
これが特に、いわゆる「バイタルエリア」とされる浦和のフィニッシュゾーンで、得点シーンに限らずこの試合では散見されました。
ファブリシオ選手の先制ゴールシーンを確認すると、ゴールの中心とシュートされるボールを結んだ線上に、広州恒大のディフェンダーが位置できていないことが分かりますが、こうした「絶対に順守しなくてはいけない鉄則」を広州恒大のディフェンスラインは頻繁に無視していた。
また、プレーが一旦ストップした状態からのリスタートに対しても、常に浦和の選手が先に反応し、広州恒大の選手は遅れがちでもありました。
要するに広州恒大は、非常によく「サボる」チームだったのです。
そして、こうした「サボる」チームを、私は日頃接している日本国内のサッカー(Jリーグに限らず、JFLや地域リーグも含め)でほぼ目にしたことがなく(体力的に動けなくなってしまうケースは勿論ありますが)だからこそ、この日の広州恒大のサボりっぷりに「衝撃」を受けたのかも知れません。
出場選手情報
あまりに「衝撃的」な広州恒大のサボりっぷり、これが選手たちのバックボーンにあるのかも知れないと、この日の出場メンバーについて簡単に調べてみました。

色がついているのが30代の選手ですので、先発11人中7人が30歳以上ということになります。
このレベル、カテゴリーで戦っているチームとしてはややベテラン偏重型なメンバー構成と言えるのかも知れませんが、出場した中国人選手は全員が現役の、或いは中国代表歴を持つ実力者ですので、それを以て「サボる」理由にするのも寂しい話です。
そして何よりも、この「ベテラン偏重型」な傾向は、対戦相手の浦和レッズにも共通して見られる傾向で、この日の浦和レッズでも出場選手中、7人の30代選手がいました。

仮説「日本サッカーの規律はアジア随一」
私はここで1つの仮説を立ててみました。
その仮説は「日本サッカーの規律はアジア随一」というものです。
たかだかACL準決勝の1試合を見ただけで、ずいぶんとまた大きく出てしまいましたが、この仮説が芯をついているとすれば、現在起きている「リーグでは不甲斐ないのにACLでは順調な浦和レッズ」についての説明もつけることが出来ます。
ACLで勝てるチーム、勝てないチーム
2017シーズンの浦和レッズ、2018シーズンの鹿島アントラーズと、日本勢は現在ACLを二連覇中です。
そしてこの2019シーズンについても、浦和レッズが決勝進出を大きく引き寄せた状況にあります。
しかしながら、2017シーズンの浦和がJ1リーグ7位、2018シーズンの鹿島アントラーズが3位と、アジアチャンピオン=国内リーグチャンピオンという図式は成立出来ていません。
それだけJ1リーグで優勝するのは難しく、この2チーム以外にも十分にアジアチャンピオンになれるであろうチームはいくつも存在しているわけです。
つまり、そうした厳しい環境の中で日々「サボることの許されないサッカー」を習慣的にしているJリーグ勢の実情がある。
それでもACLを勝ち上がるのはそう簡単なことではありません。
実際、今シーズンについても、リーグ王者の川崎フロンターレはグループステージで敗退していますし、ここ数年の趨勢を見ても、多くのJクラブ勢がグループステージを突破するのに苦労しています。
ACLの大会特性
私はこうした現象が起こっている最大の要因は、このACLという大会の開催期間の長さにあると思っています。
ACLはJリーグ開催期間より早くスタートする(プレーオフから参戦の場合は、リーグ開幕の1か月以上前から開始する)ので、そのグループステージ開催期間中は、Jリーグも序盤戦で、チームの完成度も低い。
勿論、他の多くの国から出場してくるチームも、日本と同じ春秋制でリーグ戦が行われているので、Jクラブ勢だけがことさらに不利であるとは言えませんが、ここで重要になってくるのが、Jクラブ勢が普通に実践している「サボらないサッカー」。その優位性がリーグ序盤の春先から初夏の時期にはまだ十分な状態にまで達しておらず、ACLグループステージでは、それを抜きにした戦いを強いられていることで、「突破に苦労」することになっているのではないかと、そう推察することも出来るのです。
だからこそ、Jリーグも終盤に入ったこの時期に行われるACLの準々決勝~決勝については、「強いJクラブ勢」の姿をここ数年見ることが出来ているのではないかと。
浦和も鹿島もJリーグではイマイチであっても、チームの練度は高まってくるので「サボらないサッカー」は普通に出来るようになっている、言ってみれば「サッカーの規律+α」で戦うフェースになっている時期なので、埼玉スタジアムにおける広州恒大のような「サボる」チームには難なく勝ててしまうと、こういう理屈に辿り着いたのです
11人が織りなす「規律美」
繰り返しますが、勿論、ACL準決勝のたった1試合を見ただけで、その全てを分かったように書いてしまうのは自分でもどうかと思います。
しかも広州恒大は先月、前回王者鹿島アントラーズをACL準々決勝で下しているわけで、浦和レッズ戦が特に出来の悪い試合だった可能性もあります。
ただ、私が今回立てた仮説「日本サッカーの規律はアジア随一」については、今回の試合を見て感じた率直な思いから出てきたものですし、今後、意識的に見ていきたいポイントとなっていきそうです。
そして、その「規律」の中身については、私自身が未だ十分に認識出来ているわけではないので、それを堪能できるリテラシーを備えていきたいとも感じています。
などと書くと少々堅苦しい感じになってしまいますが「11人が織りなす芸術」としてサッカーを考えた時に、「規律美」みたいなものにジワ~と感動出来る場面に遭遇出来る確率が、もしかしたらこの日本はアジアでも指折りの環境であるのかも知れないと、そんな風に思わさせられた埼スタの夜でありました。