埼玉スタジアム 天皇杯ラウンド16
『Jリーグがスタートして四半世紀。 未だ日本サッカーは実業団スポーツの威光を全く無視出来ないフェーズにある』
9月25日に行われた天皇杯ラウンド16。
JFLのHondaFCが、J1浦和レッズに快勝し、自らが記録した第87回大会のベスト8進出に並ぶ偉業を12年ぶりに打ち立てた事実を以て、それをどう客観的に表現しようかと考えた末、冒頭に書いた言葉が頭に浮かんできました。
つまり、「4部相当のJFLチームがJ1クラブにジャイアントキリング」という表現も、「最強のアマチュアチームがプロチームに勝利」という表現も、私の中ではどうもしっくりとはこないし、「”Jリーグの門番”として数々のJ昇格クラブを苦しめてきたHondaFCであるのだから、この結果にそれほどの驚きはない」といった見方にしても、この現象を正確に言い表しているようには思えない。
ただ、なかなか刺激的なニュースも少なくなってしまっている日本サッカー界にあって、今回のような状況がそう頻繁に起こるとも思えないし、何とかこれをより多くの方々に広く認識してもらおうと思った時に、単にHondaFCと浦和レッズの間で起きたこととしてだけではなく、日本サッカー界全体の中で、この試合がどんな意味を持っていたのか、それを表現する言葉として
「実業団スポーツの威光」
というワードを思いついたのです。
実業団スポーツの威光
Jリーグという枠組みがあることで、やや見えにくくなってしまっているのは致し方のないことですが、現在Jリーグのトップで戦っているクラブの多くは、もともと実業団です。
これは今回敗れた浦和レッズにしてもそうで、体裁上は自主自立したプロサッカークラブであるように見えますが、実際は三菱自工・三菱重工があってこそのクラブ経営になっています。
Jリーグが毎シーズン開示している各クラブの経営数値を見るだけでも、J1で安定的に戦っているクラブの多くが「スポンサー収入」や「その他収入」という項目で、損失の出ないように帳尻を合わせていることが良く分かります。
つまりそうしたクラブの経営は、あたかも、支援するスポンサー企業や、ファンやサポーターの支えによって成立しているように見えながら、実際は「責任企業」と呼ばれる実質的な親会社の力で維持されているわけです。
もちろん、そうした「太い責任企業」を持ち得ないJクラブが、J2やJ3には多く存在していて、だからこそ、その経営に喘いでいるのですが、要するにJリーグがスタートして四半世紀が経過したこの2019年にあっても、日本のサッカー界は依然として、実業団スポーツの存在、その威光を全く無視できない体質から、ほとんど脱却出来ていないと取ることも出来るわけです。
そして、「Jリーグの顔」とも言うべき浦和レッズが、他のどのJクラブよりも「勝利」へのこだわりが強い浦和レッズが、こうして「Jではない実業団」に負けてしまうという実情も、その背景には「実業団スポーツ」から突き抜けることの出来ていない、日本サッカー界の課題が現れているようにも思うのです。
今季開幕前にシュウアケイレブンでHonda FCの井幡博康監督にインタビューした際の動画です。
この時点ではっきりと「天皇杯でJ1クラブに勝利すること」を大きな目標の一つとして明言されています。
実業団の底力

試合終了後、選手とともに勝利を喜ぶHondaFC応援団
ただし、プロサッカークラブが創り出す世界の全てが「ピッチ上」だけで完結するとは私も思っていません。
浦和レッズとHondaFCを比較しても、その知名度には雲泥の差がありますし、それぞれのチームを応援しているファン・サポーターの絶対数の差は比較対象にするのがおかしいくらいでしょう。
当然ながら、クラブの運営予算にも大きな開きがありますし、所属選手の給料や待遇も全く異なっている。
しかし、そうした「プロサッカークラブたる要素」を十分すぎるくらいに持っているかのように見える浦和レッズでさえ、ピッチ上の「真剣勝負」でアマチュアチームにやられてしまうくらいのアドバンテージしか得ることが出来ていないのが、今の日本サッカー、今のJリーグの実情でもあるのでしょう。
実際、今回の試合でHondaFCに実業団チームとしての底力を強く見せつけられたのは、ピッチ上のチームからだけではありません。
埼玉スタジアムの南側ゴール裏には、もともとのHondaFCファン・サポーターに加え、ホンダ系列の社員や家族、関係者などが集まり、目算で2000人規模の応援団が形成され、その応援団には応援用のタオルマフラーなどが無料で配布。選手入場時にはゴール裏にいるほとんど全員の人がそれを掲げ、圧巻の光景を作り出していました。
北側のレッズサポーターの方がその人数も多く、迫力があったのは間違いありませんが、それでも、JFLを戦うチームの応援団としては規格外の人数規模だったのは事実で、恐らくJリーグの半分以上のクラブが、あの人数を埼スタのゴール裏に集めるのは相当難しいはずですし、集まった人たちに無料で応援グッズを配布することなど出来ないでしょう。
でもそれが、実業団であるHondaFCには出来てしまう。
ただ、あの南側ゴール裏に集まった2000人の応援団の中で、来月都田で行われるHondaFCのリーグ戦を応援しに行く人はほとんどいないはずで、これが実業団の限界でもあるのです。
突き抜ける力
つまり実業団は所詮企業の福利厚生の範疇にある世界であって、その枠組みや伸びしろはあらかじめ定められている。
故に、「突き抜ける力」には欠けていると取ることも出来るわけですが、実際、Jリーグのトップクラスのクラブであっても「実業団の枠組み」から突き抜けることが出来ているとは言い難いし、そもそも「突き抜けようとしていないのではないか」と思わされる実態もあるわけです。
確かにJリーグが出来たことで、選手たちはプロ化し、指導者やクラブスタッフもプロ化してきました。
それまでの日本サッカー界には存在しなかった多くのサッカーファンを作り出し、そこからサポーター文化も生まれてきました。
しかしながら、その実、安定経営が出来ているクラブの多くが実質的な実業団であって、実業団ではないJクラブはほとんど経営面で成功事例を見せることが出来ていない。
これはつまりJリーグが「プロサッカーリーグ」と謳いながら、その新たなビジネスモデルを世に提示出来ていないことを表しているのではないでしょうか。
今回埼玉スタジアムで行われた天皇杯ラウンド16の結果を以て、どちらかを素晴らしいとかダメだとか言うつもりは毛頭ありません。
ただ、「Jではない実業団」HondaFCの快挙を面前に眺めながら、日本社会に長く存在してきた実業団スポーツの威光をことさらに強く感じ、それを全く無視することの出来ていないJリーグ、そして日本サッカー界の現状を再認識させられた試合にはなったのです。