水戸ホーリーホックは「J1に行かない方がいい」?

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J2第32節終了時点。水戸ホーリーホック5位。

現在J2リーグで上位争いをするチームの指揮官による

『J1に行かない方がいい』

という言葉。

これを皆さんはどのように受け止められたでしょうか。

長谷部茂利監督率いる水戸ホーリーホックは、第32節終了時点でJ2リーグ5位につけ、リーグ戦の残り10試合の戦績如何では十分に「J1自動昇格」も可能な立ち位置で戦っています。

来シーズンに向けて、長く交付されなかった「J1クラブライセンス」も、天然芝専用練習場については、2018年にオープンした城里町七会町民センター「アツマーレ」を確保、スタジアムも笠松運動公園陸上競技場への本拠地移転を条件にすることで目途が立ち(正式交付は9月末の予定)現在の本拠地ケーズデンキスタジアムも増席改修工事に向けた動きが市議会で具体化しつつあります。

あとはJ1への昇格条件を満たす成績を今シーズンのJ2リーグで得られさえすれば、その時点で水戸のJ1昇格は決定となるわけで、どうしてこの期に及んでチームの指揮官が『J1に行かない方がいい』と口にしたのか、非常に興味深いところではあります。

長谷部茂利監督の言葉

長谷部監督のこの言葉は、ウェブメディア「デイリーホーリーホック(9月13日配信回)」に掲載されたもので、この記事はほとんどの部分が有料コンテンツとなっているので、その詳細について触れるのは控えますが、記事の無料部分にも記載されている長谷部監督の言葉は以下のようなものでした。

11日の練習後、長谷部茂利監督はJ1昇格への「懸念材料」として「観客が増えないこと」を指摘した。そして、こう口にした。
「今のままの集客ならば、J1に行かない方がいいと思います」

デイリーホーリーホック9月13日配信回から引用

J3からJ2、J2からJ1へとカテゴリーを上げていく上で、現実的な課題として重くのしかかってくるのが「Jリーグクラブライセンス制度」であるのは事実でしょう。

ここ数年に見られたケースだけでも、J3で優勝したブラウブリッツ秋田がJ2昇格出来なかったのも、J2で最終節まで優勝争いに絡みリーグ4位でフィニッシュしたのに、FC町田ゼルビアがJ1昇格プレーオフにすら出場出来なかったのも、秋田にはJ2の、町田にはJ1の「クラブライセンス」が交付されていなかったからです。

また、クラブライセンスの定める基準の中でも特に、ホームスタジアムや練習場に関係する「施設基準」のハードルが、秋田や町田の昇格を阻んだ最大要素であったと一般的に受け取られています。

そして秋田でも町田でもこう叫ばれるのです。

「早くライセンス基準を満たしたホームスタジアムの整備を!」

しかし、水戸の長谷部監督は、こうした他のクラブが喉から手が出るほど欲しがっている「基準を満たす施設」を手にし、その上十分にJ1昇格を現実とするだけの戦績を誇るチームを率いていながら、「観客が増えないこと」を「懸念材料」として『今のままの集客ならば、J1に行かない方がいいと思います』と話しているのです。

クラブが「見せたい姿」だけでは物足りない!

長谷部茂利監督/画・ニャーソル柏

実のところ、私はこの長谷部監督の言葉を読んで少し嬉しくもありました。

何故なら、少なくとも私が見聞きした範囲の中で、シーズン中にクラブ関係者から「上に行かない方がいい」とした言葉を聞いたことはありませんでしたし、それもチームの指揮官である監督の口から、まさかこうした「バランス感覚のある」発言が聞けるとも思っていなかったからです。

Jリーグを「ショウビジネス」として捉えれば、興行をする側の「見せたい姿」があって、その「見せたい姿」に対し喝采を送る消費者が存在することで成立する側面がありますので、そういう意味では、長谷部監督が率いる今シーズンの水戸ホーリーホックも十分にJ1昇格を果たすべきチームであるように映っているはずです。

しかしその「見せたい姿」の裏側にある実態については、必ずしも全てがカッコよく存在しているわけではありませんし、開示されているクラブの経営数値を見るだけでも、水戸ホーリーホックはJ2でも指折りの「J1昇格をするに見合っていないクラブ」でもあると捉えることも出来るのです。

ただ、私はJリーグが単なる「ショウビジネス」としてだけでなく、いかにして「フットボール文化」を作り出せるかが非常に重要だと考えているので、興行する側の「見せたい姿」だけをただ堪能するのでは全然物足りない。

つまり「見せたい姿」の裏側にあるものも含めて愛でていきたいわけですが、言ってみれば、高級食材など全く入っていない冷蔵庫の中身をフル活用し、最高の料理を振舞ってくれている、このJ2屈指の指揮官が口にしたこの言葉が、私の琴線を絶妙に刺激してきたのです。

経営数値の「入り口」と「出口」

長谷部監督は「いまのままの集客」を水戸がJ1昇格をする上での懸念材料として挙げていますが、Jクラブにとって「集客」はクラブ経営を維持・成長させるにあたっての「入り口」であると私は考えています。

集客を度外視出来るのは、実業団スポーツの延長線上で年間50億円とかの資金投入をしても本業にほとんど影響を及ぼさない「太い」責任企業がついている一部のクラブだけです。

そして、試合会場に大勢の人が集まることで得られるのは何も入場料収入だけではありません。

人が集まるから「話題」になり、人が集まるから「コミュニティ」が形成され、人が集まるから「スポンサード」する価値が生まれ、人が集まるから「投資」の価値が見いだされ、人が集まるから「新たなビジネス」が動き出す。

そうして生み出された資金の一部が、新たな興行を打つための資金にも使われる、言ってみればこれが「出口」ですね。力のある選手を獲得するのもそうですし、もしかしたらスタンドに屋根がつけることかも知れません。

J1に昇格すると…

ここで表とグラフを見て頂きましょう。

過去5シーズンの間に、J1昇格をしたクラブの「昇格前」と「昇格後」の数値データを比較したものです。

比較した数値データは、「平均観客動員数」と「チーム人件費」。先で触れたクラブ経営に関わる「入り口」と「出口」です。

J1昇格クラブの昇格シーズンにおける平均観客動員数・チーム人件費伸び率 (過去5シーズン)

この表から様々なことが読み取れますが、今回特に触れておきたいのは、欄を黄色くしてある「1シーズン降格クラブ」の数値傾向です。

先ず、「1シーズン降格クラブ」は例外なくその数値規模が小さいという事実を挙げることが出来ます。特に「出口」である「チーム人件費」については、4桁(10億)に満たない規模で降格を免れたのは2015シーズンの湘南ベルマーレだけです。(ただその湘南も翌シーズンに降格します)

そしてもう1つは「1シーズン降格クラブ」のJ1昇格後「平均観客動員数」伸率が比較的高い%にあるということ。

この表では欄外に(仮想)として水戸ホーリーホックがJ1昇格をした場合の数値もシュミレーションしてみましたが、平均観客動員数は1万人に満たず、チーム人件費に至っては恐らくJ1の歴史上最も「安い」チームとなってしまう見通しとなっています。

上の表の一部をグラフ化もしてみましたので、そちらもご覧ください。

J1昇格シーズンの平均観客動員数(過去5シーズン)

J1昇格シーズンのチーム人件費(過去5シーズン)

J1に行かない方がいい

長谷部監督の『今のままの集客ならば、J1に行かない方がいいと思います』という言葉。

これが「リーグ終盤戦へ向けて、皆さんのさらなる応援が必要です」とした意味でだけ発せられたとは私にはどうしても思えません。

それは、水戸ホーリーホックというクラブを客観的に示す数値が饒舌に語りかけてきますし、長谷部監督がこの「人件費」しか投下されていないチームでJ1昇格争いを出来ていることが奇跡的だからこそ、その信憑性が強まるようにすら感じられます。

現時点で十分その可能性はありますが、水戸ホーリーホックがJ1昇格を果たしたとして、きっと一時的に観客動員数は増加するでしょう。

しかし、その「増えた状態」の観客数を何シーズンにも渡って維持して行かない限り、「出口」にお金は回ってきませんから、水戸がJ1に定着することは叶わない。

一時的に増加した観客動員数は、J2に降格すれば水泡と化す。

だからこそ長谷部監督は「J1に昇格」する前の時点で『J1に行かない方がいい』と話したのではないでしょうか。

強く、そして長く水戸ホーリーホックを愛して欲しいという長谷部監督の願いがそこにあるように私には思えます。

本来であれば、長谷部監督が一番J1に行きたいはずなのです。素晴らしい指揮官だからこそ、J1に行って自分が作ったチームで戦ってみたいはずなのです。

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