2015年4月の制度変更で、かつて一握りしか存在していなかった日本におけるサッカー選手代理人(エージェント)が、いまや一定の登録費用を納めることで誰もがその業務を出来る状況になっています。
世界のサッカー市場が目まぐるしく変化していく中、その時々で代理人の役割も変わってきているようです。
日本国内におけるサッカー選手代理人の先駆者でもある田邊伸明さんにお話を伺ってきたシリーズの最終回。
最後のテーマは「仲介人登録制度と理想の選手代理人像」

選手代理人(エージェント)田邊伸明さん
「仲介人登録制度と理想の選手代理人像」
-2015年4月に、選手エージェント制度が廃止され、新たに仲介人制度がFIFAの決定に基づき日本にも導入されました、これによってJリーガーの契約や移籍に関わる代理人業をする上での参入障壁がグッと下がって、その人数も10倍ほどに増え、恐らくこの人数はこの先も増えていくのだと思いますが、Jリーガーの絶対数は変わっていないわけで、競争は激しくなってきているのでしょうか。
仲介人登録制度※1になったことで、誰でも代理人を出来るし、外国のエージェントも日本で登録するようになってきていますから、競争は激しくなっています。様々なバックボーンを持った人たちが入ってきているので、面白いし勉強にもなってます。
ただ、市場を的確に把握するのにもともとの認定選手エージェントの30名くらいの人たちは、今も横のつながりも凄く強くて、例えば「ジュビロ磐田がストライカー探している」となった時に、私の契約している選手の中にはいませんと、それでも「じゃあJSP※2にはいる?ああいる、じゃあどうぞ」みたいなやり取りが今もあります。
だけど仲介人制度が導入されて代理人が300人くらいになって、競争は確かに激しくなったんでしょうが、ビジネスに大きな影響を及ぼしたかと言えば、4年経ってもあまり感じてはいません。
-すると、仲介人登録はしているけれど、選手の代理人業では食べられていない人が相当数いると。
サッカーライターのフリーランスと一緒ですよ(笑)
でもやっぱり、以前は認定試験があって、いろいろなルールを勉強しなくちゃいけませんでしたから、今は勉強をしなくても仲介人登録が出来てしまうので、選手たちがそういう人を自分の代理人に選ぶかと言えば、選手も何か目的があって代理人を選ぶわけですよね。
それに、欧州では元の認定エージェント制度に戻りつつあります。
-何故そんな風に制度が変わるんでしょうか
元々はFIFAが代理人を管理しようとして、選手エージェント制度を作ったんですが、結局はFIFAが管理しきれなくて、各国のFAに管理を投げ、それも出来なくなったから仲介人登録制度になったんです。
ただ、仲介人登録制度をFIFAが導入した理由については、選手の移籍金が不当にクラブと選手以外に流れるのを防止する意味もあって、実際に代理人になっている人間が認定資格を持っていないケースが非常に多いというエビデンスもあって、それで導入された側面もあって、でも、欧州の大きなエージェントやクラブもこの制度変更に反対していて、その反対を押し切って導入したものの、やっぱり元の方がいいじゃんと、つまり海の物とも山の物とも分からないような人たちが日本でもどんどん出てきて、トラブルも結構あるんですよ。
市場を熟成させるという意味で、それを仲介人登録制度だけで考えたら、必ずしもそうはなっていないように思います。
制度自体の是非を言うつもりはありませんが、選手が求めているものに応えようとした時に、最低限必要なことは何かということがやっぱり大事です。
-Jリーガーであればほとんどの選手が代理人と契約していますが、これがJFL、地域リーグといったアマチュアリーグの選手であっても移籍はあるし、代理人報酬を払えるとか払えないとかはあるにせよ、そこに代理人ニーズがあるように私は思うのですが、それについてはどう思われますか。
欧州ではそういう選手にも代理人がいるんですよ、何故かと言うとクラブがお金を払って選手に代理人をつけているんです。
でも本来はそれダメなんです、クラブが選手の代理人にお金を払うっていうのは。
これはビッグクラブでもそうですけど、代理人にお金を払ってその選手が獲れるなら払うわけです。
欧州ではそういう問題も根底にはありますが、本当に代理人が必要なのはそうした下位カテゴリーの選手だと言われることもありますし、私もそう思います。
ただ、それはあくまでも移籍をさせる、チームを探すという部分をイメージしての話であって、それが代理人の仕事の全てではありません、あくまで一部の話です。
例えば30歳を過ぎて、32、3歳になったら代理人が要らないと考える選手も多い、何故かと言えばクラブと交渉する機会もそれほどないし、代理人をつけたからと言って給料が10%上がるわけでもないと考えてしまうわけです。
選手側の圧倒的なニーズは国内移籍や海外移籍で、その為に選手のパフォーマンスを上げることを代理人がする必要もあって、分析、スカウティングもします。
我々は選手から手数料をもらうビジネスですから、選手の年俸を上げる努力が必要で、契約交渉の場にだけ行って仕事をしようとしたところで、選手の給料を10%も上げられるわけがないんです。
その選手の価値を上げるために、我々が何を出来るのかを考えることが重要です。
-ピッチ内はもちろん、ピッチ外の活動についても代理人が選手をサポートする場合もありますよね。
ピッチ内に特化する代理人もいれば、ピッチ外に特化する代理人もいて、そこにはバランスも必要ですが、そういうことをしていかないと、年俸を上げるのは難しい。
ただ選手自身が求めるものも、年齢によっては移籍かも知れませんが、ある年齢以降は自分がサッカーに集中出来る環境であるかも知れませんし、セカンドキャリアのことを考えて代理人を選ぶ選手もいるでしょう。
一概にこうだとは言えませんが、そうした様々な選手の要望に応えられるようにしておくことが重要ですね。
それからこれは一般論として、この仕事を長くしていて思うのは、選手にとって一番重要な契約がいつなのかと言えば、それは初めてのプロ契約ですよ、ましてや今、初めてのプロ契約を3年とか最大で5年契約するようになっていますから、初めての契約の時に最初の3年、5年が決まるわけです。
で、選手に対しては、その3年間で何を目指しているのかと、プロ選手になって3年の間にしたいことを契約書に含めておかないといけないわけですよ。でも、実際にはなかなかそこまで考えられていません。
だから最初のプロ契約を結ぶ時の代理人が一番重要だと思っています。
18歳でプロ契約を結んで、Jリーガーの平均引退年齢が25.6歳だと言われていたら、7年しかない。そこでいきなり5年契約したらほとんど将来が決まったようなものですよ、ということをもっと広く認識して欲しいと思っています。
-高校生や大学生と代理人契約するのはルール上問題ありませんよね、多くの場合高卒でJリーガーになるような選手は代理人をつけているんですか?
いや、つけませんね、つけたがりません。
これはやっぱり我々のせいでもありますが、その昔やっていた我々の仕事のイメージとか、「代理人=悪い人」というような、「騙されちゃうんじゃないか」みたいなのが凄くあるんですよ。
-学校側の利害も関係しているのでしょうか?
私のこれまでの経験では、学校の先生がどこそこへ行けとか指図するような場面は見たことがありません。でもこの選手はここに行きかせたいと決めていたら、そこに行かせようとする傾向はあります。
これは利害云々というより、選手の特徴を先生は分かっていますから、この選手はここへ行った方がいいと、そう考えるんだと思います。
でも、浦和レッズからオファーがあれば、みんな浦和レッズに行きたくなっちゃうんです。そこで先生が「お前はJ1じゃ難しいからJ2くらいにしておけ」と、それでJ2に行くことになったら後でJ1がオファーしてきても先生が断っちゃう。こういう話はよく耳にします。。
大学に行く選手も一緒です、大学が決まった後にJクラブからオファーが来ても選手に言わないということがある。
でもこれはその選手のことを良く理解している先生だからこそ出来る判断の場合もありますから、単純にダメだとは言い切れませんけど、選手の保護者が進路について学校の先生に頼り切ってしまっている傾向もあるので、Jリーガーになれるような選手の保護者がもう少しプロ契約についての知識を持ってもいいのかなとは思っています。
4回に渡り、サッカー選手代理人田邊伸明さんのインタビュー記事をお送りしてきました。
Jリーグの世界を長く、選手ともクラブとも、そしてファン・サポーターとも異なる立場で見つめてこられた視点には、私も気づきを沢山頂いたように思います。
田邊さんは私の高校・大学の先輩で、初めてお会いしたのは私が高校1年生だった頃でしたが、昨年ある試合会場で偶然再会し「何かあったら連絡くれよ」という言葉を頂いていたこともあり、今回についてはそんな先輩の言葉に甘えさせて頂く形で、私の方からお願い申し上げ、インタビューが実現したという背景がございます。
夏の移籍ウインドーが終わった直後ではありましたが、海外の移籍市場が動いている状況の中、貴重なお時間を割いて下さり、示唆に富んだお話をしていただけた事に、感謝以外の言葉はございません。
そして、また近い将来、後輩の甘えにお付き合い頂く機会を作って頂ければと思っております。
※1【仲介人登録制度】従来の「認定選手エージェント制」が廃止され、新たな代理人資格としてFIFAが導入した制度。JFAの場合、初年度に10万円の登録費を納めれば誰でも登録可能。
※2【JSP】株式会社ジャパン・スポーツ・プロモーション 日本最大手の選手エージェント事業会社。現在J1選手だけでも70名以上と契約。サッカーショップKAMOのKAMOグループです。
田邊 伸明 (たなべ のぶあき)
株式会社ジェブエンターテイメント代表取締役
日本サッカー協会登録仲介人(元JFA認定選手エージェント)
1966年生まれ、東京都出身大学卒業後、スポーツイベント会社に就職、1991年からサッカー選手のマネージメント業務を開始。また、ワールドスポーツプラザ「カンピオーネ」、「ワールドスポーツカフェ」等のプロデュース、サッカービデオ/DVDの日本語版監修などサッカービジネス全般のコンサルティング業務なども手掛ける。1999年日本サッカー協会のFIFA(国際サッカー連盟)選手代理人試験を受験し、2000年FIFAより選手代理人ライセンスの発行を受ける。2013年JFA公認C級コーチライセンス取得。
株式会社ジェブエンターテイメントHPより引用