いまや日本人選手が欧州移籍するケースは、全く珍しいものではなくなっています。
そして最近は特に、まだ国内での活躍がそれほど顕著ではない20歳前後の若手選手が、欧州の中堅クラブなどへ移籍するケースも多く、実際にこの夏の移籍期間においても、Jリーガーの海外移籍件数は倍増しています。
この事象を以て「日本人選手のレベルが上がっている」と取ってしまうのは、あまりに一面的な取り方ではないのか、つまり日本人選手のサッカー選手としてのスキルが向上したという側面だけでなく、世界のマーケットを考えた時に日本人選手の獲得が「お得」であるからこそ、こうした状況になっているはずで、では何故「お得」であるのかと言えば、その多くはやはり「投資リスクが低い」という理由にあるはずなのです。
だから、以前のように単純に海外移籍する日本人選手が誕生した時に、それをもろ手を挙げて喜ぶ時代はとっくに終わっていて、これからは日本サッカー界の発展もイメージしながら、ひとつひとつのケースをしっかりと受け止める必要があるのではないか。
私のこんな思いについて、「プロC契約」というJリーグ独自の契約形態を切り口に、日本国内におけるサッカー選手代理人(エージェント)田邊伸明さんの先駆者、田邊伸明さんにお話しを伺ってみました。
このシリーズ第3回のテーマは「プロC契約の限界とこれからの海外移籍」について。

選手代理人(エージェント)田邊伸明さん
「プロC契約の限界とこれからの海外移籍」
-Jリーグでほとんど出場実績がない若い選手がオランダに行って活躍している裏にはプロC契約というルールの存在が大きく影響しているということでしょうか。
そうですね、年齢によっては年俸が比較的安く済みますし、これからはプロになる前の選手を欧州が獲りに来るケースが多く出てくるでしょうね。
-当時柏レイソルのU-18にいた伊藤達哉選手がシュツットガルトに獲られてしまったようなケースですね。
そうです。でもそういう風にやられちゃ困るから、例えば柴崎岳は高校2年生の時点で鹿島が仮契約をすると発表しましたよね、あれは国内だけでなく欧州からガードする意味があって、あんなに早く高校生選手と仮契約を結ぶメリットなんて、それ以外にはないわけです。
上田綺世についても、鈴木優磨が抜けたとか、そういう事情もあったのでしょうが、彼をそのまま法政大に置いていたら獲られてしまうかも知れないと、それで大学サッカー部を3年で辞めさせてプロ契約するわけです。
大学サッカーの有望選手に早い段階でJクラブが内定を出すのには、こうした背景も影響しているのでしょう。きっと、大学側には欧州クラブのエージェントから話が沢山きているはずです。
ただこれは言い方を換えればプロC契約※1というルールに限界が出てきていると言うことも出来ますよね。
-つまりプロC契約があると有望な若い選手を守れないと、例えば上田綺世選手にしても、どれだけ実力があろうとJリーグで一定の出場時間を満たさないとプロA契約を結ぶことは出来ないし、仮に結べたとしても初年度については年俸上限が670万円と決まっていて、それでは欧州クラブに対抗出来ないということですね。
そもそもプロC契約は、1人の選手を巡って獲得競争が起きないようにするために作られたルールですが、もうそれも限界だということです。Jリーグが出来た当初はそれで良かったと思いますよ、ただJリーグ側としてもクラブ保護の観点から見た時に、なかなかそれを変えていくのが難しいのでしょう。
-J2やJ3クラブにとってプロC契約は使い勝手のいいルールではありますよね。でも、少なくともJ1についてはプロC契約をなくす方向に進んでいかないといけないのかも知れませんね。
そうですね、プロC契約があれば、お金じゃないところで選手がクラブを選んでくれますからね。
ただ、以前は獲得する側も獲得される側も経験が浅かったから、ルールの必要性もありましたけど、もう今は獲られる側、つまり選手の親も含めて情報はある程度認識していて、右も左も分からないという感じでもなくなってきていますから、プロC契約については取っ払ってしまっていいと私は思います。
もちろん、いい選手は取り合いになりますよ、もしかしたらマンチェスターシティと鹿島が1人の選手を取り合うことがあるかも知れません、でもそれが普通ですよね。
-クラブが若い選手に対して正当な価値を投じることをしないと、Jリーガーの価値も上がっていかないし、J1でそうした選手の獲得競争が起きてこないと、J2やJ3の選手たちの価値を上げて行くのも難しくなってしまう。クラブが必要と思う選手をちゃんと抱える為にしっかり経営努力をして、その為の資金を作らなくてはいけないということでしょうか。
マンチェスターシティが板倉滉や食野亮太郎を買ってレンタルに出していますけど、あれが究極のやり方なんですよ。
浅野拓磨がアーセナルに行った時もそうでしたけど、板倉も食野もシティは違約金を払って獲得しているんです。でもその違約金てあくまでも先行投資であって、彼らからすれば唾をつけておくくらいの値段なんですよ。だから必ずしも結果的にシティに戻ってこなくてもいいと思っている。
それは浅野の時に私は凄く思ったことで、浅野は板倉や食野より遥かに違約金も高かったですけど、それでも3年とか4年契約をして、仮に戻せなくてもローンフィーなどである程度回収すれば納得出来る金額なんだと思うんです。
-欧州のビッグクラブにしてみれば、有望な若手選手を獲得するのに支払う違約金など、そもそもそれほどリスクがある話ではないということなんですね。
少し前は日本人選手が海外に移籍するために、例えば中田浩二が鹿島からマルセイユに行ったケースは、当時のJリーグは契約満了選手であっても違約金を払わないと獲ることが出来ないルールがある一方で、欧州のルールではもちろん違約金を支払う必要はなかったから、その解釈の相違で揉めてしまって、「国際移籍だから関係ないですよね」ということで移籍を成立させましたが、今はもう契約満了した選手に違約金が掛からないことなんて当たり前ですし、そんなことは誰でも知っていますよね。
ただ、今はフリー(違約金を取らない)で移籍させるのは流行らないですよと思いますよ。日本サッカー界のためにならない。
海外移籍に限らず、今はいかに高くお金を取って移籍させるか、我々もいかにゼロ円で移籍させるかを当時は先頭切ってやっていましたけど、今はいかに高く売るかを先頭切ってやっています。
-選手を移籍させる時に何を優先するのか、それも時代の流れの中で変化していくということなんですね。中田浩二選手がマルセイユに移籍した時代は、日本人選手の欧州移籍についてその実績を作るという意味も強かったのでしょうか。
実績を作りたいのもありましたが、何で日本だけルールが違うんだと、ルールが違うとこういう事が起きるんですよと、それを日本サッカー界が分かるべきだと思ったんです。
-つまり日本サッカーも欧州を中心としたサッカー市場の中で、優れた選手を正当な価値で売って、それによって得た利益を今度は国内サッカーを充実させるために投資していくサイクルを作っていかなくてはいけないということでしょうか。
そうです、だからフリーでは行かせないで、頑張ってちゃんと違約金を取って海外に移籍させた方がいいんですよ。
交渉が折り合わなかったら、その次に移籍する時にはクラブにお金が入るようにするとか、若い選手が移籍すればトレーニング・コンペンセーション※2が入るわけですから、そういうことを代理人がクラブに対して率先して提案していかないといけないと思います。
もちろん選手が行きたいと言っていて、選手が行ければそれでいいという考え方もありますけど、私も長くやっているので、ただ行かせればいいやじゃ芸がありませんし(笑)やっぱり選手を出した側のクラブにも選手にも喜んでもらえるような移籍にすることを考えています。
例えばこの夏の移籍ウインドーでラピッド・ウィーンに移籍した北川航也についても、我々は何とかエスパルスにも喜んでもらえる移籍にしようと、ましてや北川航也はエスパルスの育成出身選手ですから、絶対にそれを果たそうと、スタッフ全員がそういう思いを念頭において仕事しましたが、結果的にエスパルスも喜んでくれているはずです。
中にはクラブが小さくてお金がないので、ローンでいいですけど、ローンフィーはゼロ円にして下さい、なんていうケースも選手によってはありますけど、基本的にはやっちゃいけないと私は思います。
-そうやって選手を移籍させたところで、何かを生み出すのは難しいということでしょうか。
だから、選手はみんな違約金を決めたがるんです。
我々もゼロ円で行かせるために、契約が切れることを狙っていた時代があるわけですよ、15年くらい前ですが。
それから今度は違約金を設定して、これを支払うので行かせて下さいという時代があって、でも今はもう違約金を決めない方が主流です。
-違約金を決めないというのは?
つまり移籍できる違約金の額を決めないということです。
違約金は決まっていないけれど、例えばその選手が2年契約を残していたとして、21歳になるのが3年後だとします。その21歳になった時をターゲットに我々は移籍交渉をやりますよと、クラブもそのつもりでいて下さいねと、でもその時には21歳になったその選手の価値がどれくらいになっているかなんて、こっちも決められない。
選手に言わせたら「ゼロで行けるようにして下さい」って言いますよ、でもクラブはそれじゃ困ると。
妥協点が見いだせないんですよ、だからもう違約金は決めないでやろうと。
-違約金を決めないっていうことは、契約の中にそれが盛り込まれていないということですよね、それで例えば海外のクラブがその選手を獲りに来た時はどうするんですか?
当然相手は「いくらだ?」と聞いてきますよね、ただその時に「じゃあお前らはこの選手がいくらだと思うんだ?」と、そういう話なんです。
例えばシントトロイデンが日本人選手を獲得するのに1億円掛かっても(他のクラブへ売却することで)3年後には3億円になって返ってくると思うから、1億円払うわけじゃないです。
でもこっちが最初から「3億円です」と言ってしまえば、もうその話はそこでなくなっちゃうわけです。
だったら、選手本人も海外に行きたいと思っている、クラブもいつか移籍させなくちゃいけないと思ってる、それで話がきましたとなった時に、
「相手はいくらと言っていますが、どうします?本人は行きたいと言ってます」と我々がクラブに伝えた時に、
「いや、その額じゃ出せない」とクラブ側が判断したとします、
するとクラブは少し追い詰められるんですね、移籍のタイミングを逃せば契約期間の残りも少なくなっていきますから、クラブは「契約期間を延ばしたい」と言ってきます、するとこちらも「契約期間を延ばしてもいいですけど、海外移籍のタイミングとしてこの時期をターゲットにしていますから、この時期までに移籍出来なかったとしたらフリーになってしまいます」と、まあこういうやり取りになるべく時間を掛けてお互いに相手をリスペクトしながら進めていく、そこに時間を費やすことが重要ですね。
-違約金が決まっていないからこそ、選手、代理人、そして所属クラブ、相手クラブと、それぞれが攻めぎあいをしながら移籍交渉は進んでいくんですね。
スケールは違いますけど、例えばグリーズマンがバルサに移籍したとなって、その違約金が高騰するのは、違約金が設定されていないからですよ。
この選手の違約金はいくらですよ、この金額で決まってますよと言うのか、違約金を少しでも高くするために努力するのか、我々はその後者を選んだということです。
もちろん何年も前に契約した選手の中には違約金が設定されている選手もいますし、選手のパーソナリティによっては違約金を設定した方がいい場合もありますから、どちらが正しいという話ではありません。繰り返しになりますが、選手、所属クラブ、移籍先クラブの全てがハッピーになるような構図を作ることが大事だと思います。
これは昔、「ハッピーにならない構図」を積極的に作らざるを得なかったわけです、国内移籍しかり、揉めに揉めて大ごとになったわけです、だからやっぱり、ああいうことは出来ればしたくない、もう20年も前の話ですけど(笑)
でもそれが今、若い代理人の中には、とにかく選手の要望を聞く方にしか向いていないケースも多いように感じています。私はここに現行の仲介人制度の危機感を持っています
第4回(最終回)「仲介人登録制度と理想の選手代理人像」に続く
※1【プロC契約】新卒入団後、Jリーグ、JFLなどで所定の出場時間を満たしていない選手が結ぶ契約形態。年俸上限は480万円で4年目以降の選手はプロC契約を結ぶことが出来ない
※2【トレーニング・コンペンセーション】満21歳1月31日までの期間にプロ選手がプロ選手として他クラブへ移籍した場合に、移籍先クラブから移籍元クラブへ支払われる対価。移籍元クラブの育成機関(第1種~第3種)に在籍していた選手の場合は、それらのチームへの所属期間もトレーニング・コンペンセーション期間に加えられる。ただし、ローン(レンタル移籍)の場合はその対象とならない。
香川真司がセレッソ大阪からボルシア・ドルトムントへ移籍したケースでは、違約金の発生しない0円移籍だったが、トレーニング・コンペンセーションとして合計35万€(約4千万円)が支払われた。
田邊 伸明 (たなべ のぶあき)
株式会社ジェブエンターテイメント代表取締役
日本サッカー協会登録仲介人(元JFA認定選手エージェント)
1966年生まれ、東京都出身大学卒業後、スポーツイベント会社に就職、1991年からサッカー選手のマネージメント業務を開始。また、ワールドスポーツプラザ「カンピオーネ」、「ワールドスポーツカフェ」等のプロデュース、サッカービデオ/DVDの日本語版監修などサッカービジネス全般のコンサルティング業務なども手掛ける。1999年日本サッカー協会のFIFA(国際サッカー連盟)選手代理人試験を受験し、2000年FIFAより選手代理人ライセンスの発行を受ける。2013年JFA公認C級コーチライセンス取得。
株式会社ジェブエンターテイメントHPより引用