Jリーガーが移籍する時、その移籍によって生じた違約金額や契約年数、年俸といった情報はほとんど表に出てきません。
特に国内移籍をする場合などは、それが「完全移籍」であった場合でも、契約満了に伴うものであるのか、はたまた契約年数を残してのものであるのか、それすらも表に出てくることは稀です。
そもそも、所属選手がクラブとどんな契約を交わしているのか、そうした話題を酒の肴にする文化が、Jリーグの世界には全く育まれていないと言ってもいいでしょう。
では、どうしてそのような状況が日本サッカーには存在しているのか、欧州などではそうした情報が選手名鑑にすら掲載されているという話も耳にするのに。
そんな素朴な疑問も、日本国内におけるサッカー選手代理人(エージェント)田邊伸明さんの先駆者、田邊伸明さんに投げかけてみました。
今回のテーマは「Jリーガーの年俸・契約年数・違約金が表に出ない理由」

選手代理人(エージェント)田邊伸明さん
「Jリーガーの年俸・契約年数・違約金が表に出ない理由」
-Jリーグでは選手の年俸、契約年数、違約金などの情報がほとんど表に出ることがありません。一方で欧州などではそうした情報が一般のファンの間でも話題となりサッカーを楽しむ上での大きな要素になっているように見えます。こうした違いが生み出されている要因はどこにあるとお考えですか。
スペインなどでも確かマルカ(マドリードに拠点を置くスペインで最も多く読まれている日刊のスポーツ紙)にそういう情報が載っていたりしますが、日本でも一部スポーツ紙がシーズン前に発刊している選手名鑑に選手年俸を掲載している、あれと同じ次元の情報精度だという印象を私は持っています。
例えば欧州に選手が移籍して、その記者会見をする時、年俸などの契約内容については獲得した側のクラブが非公開にするパターンが多い。
アメリカのメジャーリーグサッカーは選手会が選手の年俸を管理し公開していますが、NBAやMLBも同様に情報をオープンにしていると聞いています。
ただ世界的に見てもアメリカ以外でサッカー選手の年俸をリーグやクラブ側が明らかにしているというケースはあまり聞いたことがありません。
-例えば久保建英選手がレアルマドリーに移籍した時、年俸や契約年数などの数値情報が日本のマスメディアにも出てきたりもしたわけですが、ああいう数値情報はそれほど信憑性の高いものではないと言うことでしょうか。
信憑性が高いかどうかは分かりませんが、基本的には書く側の問題、書く側に勇気があるかどうかの問題であるように思っています。積極的に公開していない契約内容について書けばクラブから何か言われます。だからクラブの番記者などはやりづらくなると、知ってても書かないのではないでしょうか。
-クラブ側も積極的に選手の契約内容を公開はしていないけれど、別に隠しているわけではないということでしょうか。
隠しているわけじゃないと言いますか、一般企業などが契約社員の年俸を公開していませんよね?サッカー選手の契約内容についても基本的にはこれと同じだと私は思っています。
知りたいというニーズがあるのは分かります。そういう話題だけで一晩飲めちゃいますし、だからファンタジー・フットボール※1みたいなゲームをみんなが楽しむのであって、ならばもっとメディアがそういう情報を公開する動きをじゃんじゃんやればいいんです。でもやらないんですよ。
たまに出てくるときがあっても外国人選手の情報だけだったりするわけですが、外国人選手の契約内容については、クラブ側も書かれることが話題作りにつながるとヨシとしている部分もあります。それは高額年俸であったりするからです。でも安い年俸の場合はクラブ側も言いたくないとなるんです。
でも、クラブ側が言いたくないと思っている情報であっても、ファンやサポーターがそれを楽しめばいいんです。ただ現状としてはそれを書く人たちがいない。
-選手の年俸などが表に出てこないのは、必ずしもリーグやクラブ側の姿勢だけに原因があるのではなく、それを伝える側にも原因があるということでしょうか。
クラブが選手の契約内容を公開することに積極的かと言えば、それはそうではありません。何故ならそれをしてしまえば、クラブの人件費が分かってしまいますから。
ただ、Jリーグが毎年各クラブの経営収支情報を開示していますよね、だからあそこに出ている予算をもとに選手年俸など割り出してを誰かが書けばいいんですよ。そういうチャレンジブルなことをすればいいんです。でも誰かに文句を言われてしまうからみんなやらないんでしょう。
-プレミアリーグなどを見ていると、シーズンが始まったばかりのこの時期に各クラブがどれだけ選手獲得資金を使ったとか、そういう情報が出てきますけど、ああした情報も基本的に伝える側であるメディアが調べて表に出しているということなんですね。
FIFAルールでクラブが払った代理人報酬を開示することになっているので、恐らくそこから逆算しているんでしょう。イタリアなどでも選手年俸がずらっと一覧で表に出たりしますが、それはリーグやクラブ側が発表したものを出しているのではなく、記者が自分たちで調べて書いています。
-そういうことをする人が日本にはいないと。
少ないですね、でもやればいいんですよ、エル・ゴラッソ※2とかが。
-ただ、J1のトップクラスであればそれなりに華やかな年俸額が出てくるにしても、J3選手の中にはクラブからお金をほぼ貰っていないような選手も多くいるわけで、私はそういう情報も表に出していった方がいいと考えていますが、クラブ側が表に出したがらない理由のひとつにそうした厳しい台所事情が知られたくないというものもあるのかも知れないと思ったりもするのですが、こうしたJリーグの現状についてはいかがお考えでしょうか。
DAZNがJリーグに入って来た時、DAZNマネーによって何が起きるかについて良く質問されましたが、その時に私は選手の年俸に格差が生まれると答えました。つまり試合に出場出来ている選手と出場出来ない選手、代表選手と代表になれない選手といった差が、年俸格差という形で現れてくるはずだと、でも本来はそれが自然なことなんです。
菅原由勢や中村敬斗がオランダへ行って活躍していますけど、じゃあ彼らがJリーグにいた時、どれくらい試合に出ていたかと言えばほとんど出場実績はないわけです。きっとこれからも彼らのように若くまだ実績も少ない選手を欧州が獲りにくるでしょう。
すると今はまだJリーガーを獲っていきますけど、そのうち高校や大学に直接獲りに行くようになっていくはずです。私が外国のチームだったら、絶対にそうしますから。
そうなった時に何が足かせになるかと言えば、JリーグのプロC契約※3なんです。
プロC契約が何故出来たかと言えば、一定のクラブに戦力が偏らないようにするためだったわけですし、Jリーグが10クラブでスタートした時に、戦力をなるべく均一にしようとして作られたルールで、Jリーグには契約満了になった選手にも違約金が発生するというローカルルールがボスマン裁定以降に残っていたり、これもクラブ側が「ルールを作らないとみんな浦和レッズ行っちゃうじゃん」みたいに思っていたから作られたわけですが、そういうクラブ側を守るルールの中でプロC契約はまだ残っているんです。
かつて中京大中京の伊藤翔に浦和レッズがオファーした時、当時の浦和の強化部長が「プロC契約なんてあったら欧州クラブに太刀打ち出来ないよ」とおっしゃっていましたが、これは本当にそうで、今まさに現実のものになってしまっています。
プロC契約をどうするのか考えていかないと、これからも若い選手をどんどん欧州に持っていかれてしまうでしょう。
第3回「プロC契約の限界とこれからの海外移籍」に続く
※1【ファンタジー・フットボール】アメリカンフットボールのプロリーグ NFLにおいて、実在の選手で”仮想チーム”を編成し、その選手の実際のプレーに連動して楽しめるスポーツゲーム
※2【エル・ゴラッソ】エル・ゴラッソ(EL GOLAZO, 略称:エルゴラ)株式会社スクワッドが発行、販売する日本初のサッカー専門新聞
※3【プロC契約】新卒入団後、Jリーグ、JFLなどで所定の出場時間を満たしていない選手が結ぶ契約形態。年俸上限は480万円で4年目以降の選手はプロC契約を結ぶことが出来ない
田邊 伸明 (たなべ のぶあき)
株式会社ジェブエンターテイメント代表取締役
日本サッカー協会登録仲介人(元JFA認定選手エージェント)
1966年生まれ、東京都出身大学卒業後、スポーツイベント会社に就職、1991年からサッカー選手のマネージメント業務を開始。また、ワールドスポーツプラザ「カンピオーネ」、「ワールドスポーツカフェ」等のプロデュース、サッカービデオ/DVDの日本語版監修などサッカービジネス全般のコンサルティング業務なども手掛ける。1999年日本サッカー協会のFIFA(国際サッカー連盟)選手代理人試験を受験し、2000年FIFAより選手代理人ライセンスの発行を受ける。2013年JFA公認C級コーチライセンス取得。
株式会社ジェブエンターテイメントHPより引用