選手代理人 田邊伸明さんに訊く①「Jリーグ2019シーズン夏の移籍市場に見られた傾向」

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例年以上に活発であるように見えた今シーズンのJリーグ夏の移籍市場。

7月19日(金)~8月16日(金)と約4週間あった今シーズンの第2登録期間(ウインドー)の中で、クローズ間際の滑り込み移籍もあり、驚くような出世移籍や、またこの夏については、若手選手の欧州移籍も目立っていたように思います。

こうした移籍傾向を見ていった時、その全体量はもちろんデータによって把握できますが、その背景にあるものについてまでは、情報が全て開示されていないので、なかなか掴みにくいところです。

ただ、例えJリーガーの移籍傾向であっても、これが間違いなく国外を含めた社会状況や経済状況などにも影響を受けているわけで、単にサッカーが好き、Jリーグが好きという人でなくても、社会学や経済学からのアプローチとして、もっと関心を持たれてもいい分野であるように私は思っています。

今回から4回に渡り、こうしたJリーガーの移籍事情について、日本国内におけるサッカー選手代理人(エージェント)田邊伸明さんの先駆者、田邊伸明さんのインタビュー記事をお送りします。

第1回目の今回は「Jリーグ2019シーズン夏の移籍市場に見られた傾向」について。

 

選手代理人(エージェント)田邊伸明さん

 

「Jリーグ2019シーズン夏の移籍市場に見られた傾向」

-Jリーグの夏の移籍期間が終わりましたが、今回の移籍ウインドーに見られた特徴はどんなものでしたか

移籍の数自体はそれほど増えていないというのが私の印象です。

若い選手の移籍、特に国内で実績のない選手が海外移籍するっていうのは目立ちましたが、国内の移籍については、例えばJ2からJ1へとステップアップする移籍などは以前よりだいぶ増えました。それとJ1で試合に出ていない選手を同一リーグのJ1クラブがレンタルするケースも増えました。

ただ今年の夏の移籍ウインドーについての傾向としては、7月の中旬にウインドーが開く時に、今までだと大体その前までに話は決まっているんです。シーズンの初めから「このポジションのこのJ1選手借りたいね」とJ2クラブなどにはあって、でもそれを相手クラブから断られて見てたら、やっぱり4節、5節と経って開幕から一カ月くらい経っても試合に出ていないじゃんと、だからこの選手をやっぱり貸して下さいと、選手も試合に出たいと思っていてクラブ同士の交渉も進めていきますよね。

ウインドーが開くというのは、選手登録出来る、試合に出られるということですから、補強したいクラブにとってはそこからその選手を使いたいわけです。7月の中旬から試合に出したいわけです。というこれが今までに良く見られた夏の移籍ウインドーのパターンで、ウインドーが開くと言うことは、そのタイミングまで獲得選手の登録を待っている状態だったんです。

 

-つまり7月の中旬に移籍ウインドーが開いた段階で、獲得した選手の登録がすぐに出来るよう全ての準備が終わっていたということなんですね

ウインドーが開くのは水曜日なので、その日JFAに選手登録の申請をすると、週末の試合に出られると、その最初の水曜日に合わせてどのクラブもみんな待っていたんです。それが今シーズンについては必ずしもそうではありませんでした。

今年はウインドーが開く間近になってもあまり移籍の話がない。だから「今年は移籍が少ないんじゃないか」と思っていたら、ウインドーが開いてからバタバタと移籍の話が出てきたんです。

恐らく多くのクラブが欲しい選手を一本釣り出来ていないんでしょう。

つまり、複数のクラブと競合していて、その結果欲しい選手を獲得できなかったクラブが複数出てくるわけですが、それらのクラブがまた次へと行くから、どんどん移籍時期が後ろへずれていく。これが今夏の移籍ウインドーの大きな特徴だったと思っていますが、これがどういう状況を生みだしたかと言うと、J2のクラブ同士でこれをやっていてもそれほどバタバタすることにはならないんですけど、J1クラブがこれをやるから、その余波がJ2にも行ってしまう。

だから、J1クラブの移籍動向が落ち着いてからJ2クラブの移籍話が進んでいく形になってしまって、ウインドーが閉まるギリギリまで移籍マーケットが動き続けたのだと思いますが、こうした傾向を見ていると欧州の移籍マーケット的になってきたなとも感じています。

 

-この夏の移籍ウインドーについての特徴は、移籍期間内における移籍のタイミングが大きく変わったという点と、若手選手の海外移籍が増加したというこの2点が特筆すべきポイントだったということですね。

そうですね。特に移籍が活発になったかと言えば私はそれほどでも無かったように感じていて、そもそも4週しかない移籍期間の中で最後の2週くらい、8月に入ってからが凄かったですよね。

 

-若く実績のない選手の海外移籍が増加した要因はどんなところにあったとお考えですか。

少し前までは若いJリーガーがドイツに移籍するケースが多くありましたが、確かこの夏のウインドーでドイツに移籍した選手はいなかったはずです。

遠藤航がベルギーからドイツへローンで移籍しましたが、日本から行った選手はゼロですよね?つまりドイツの時代は終わったんです。ドイツのクラブが日本から選手を獲る、つまり欧州初物を獲るのは基本的にしなくなったんです。

その一方で、ベルギーとかオーストリアとかオランダとか、いわゆる欧州の第3、第4グループのリーグに日本人選手が移籍するようになったのは、そうしたリーグの経営規模の小さなクラブは次に売ることを目的に選手を獲得しますから、若い選手が欲しいとなるわけですが、彼らが1億円とか1億5千万円とかの違約金を払って選手獲得が出来るようになったんです。

その背景にはシントトロイデンのケース、冨安健洋のケースが多分に影響していますし、獲得した日本人選手が高額で推定800万€/(9億5千万円)とかで売れることが分かった。

少し前はベルギーリーグと言えばアフリカ人選手ばかり獲っていましたけど、それが日本人選手にも目が行くようになった、ただ日本の所属クラブが設けている違約金の設定額が大きかったり、獲得しようとするクラブの資金規模が小さかったりするとローンで移籍することになったりはします。

例えば三好康児はロイヤル・アントワープにローン移籍※1しましたが、恐らく違約金の設定が高いんです。天野純もローン移籍ですよね、あれだけの選手ですからマリノスはきっと違約金を高く設定していたはずですが、本人がどうしても欧州でやりたいと思っているとか、そういう理由もあってベルギー2部にローン移籍したのかも知れません。こういう場合はローンフィー※2がない場合もあるかも知れません。

-Jリーガーがよく「クラブが海外移籍の希望を受け入れてくれた」というようなコメントをすることがありますが、あれが意味するところは必ずしも違約金の設定額を低めにしてくれたということではなく、ローン移籍も含めて、移籍そのものではクラブにそれほどメリットがない話でも、自分の希望に沿って移籍交渉を進めてくれたということを指しているのでしょうか。

そうです。ただ、Jクラブとしては国内移籍されるのがとにかく嫌なんです。多くのクラブが「クラブに貢献してくれた選手が国内移籍するくらいなら0円でも海外に移籍して欲しい」と思っているでしょう。

20年以上前の話ですが、稲本潤一がガンバ大阪からアーセナルへ移籍する時、ガンバは「ガンバユース出身の選手がアーセナルに行けば、この先もどんどんいい選手が入ってきてくれる」と言っていました。

当時は関西のJユースはガンバ一強でしたが、現在は神戸や京都の育成部門とも激しく争って子どもの取り合いをやっているわけですね、そういう競争に対してJリーガーの海外移籍は多大な影響があるんです。それをまだ一強だった時代からガンバは分かっていた、だから稲本のアーセナル移籍(ローン)についてもローンフィーは言い値でOKでした。もちろん、その額がそもそも高額だったと言うのもありますが、仮にあれがもっと安かったとしてもガンバは受け入れたと思います。

 

-Jクラブが所属選手を海外に移籍させる理由の中に、育成機関も含めて新たに質の高い選手を獲得出来るチャンスを広げるという要素もあると言うことでしょうか。

例えば鹿島はここ2~3年の間に10人くらい海外移籍選手を出しています。鹿島の強化部長だったらきっとこう言うでしょう

「ウチは欧州に一番多く選手を出しているから、ウチでレギュラー獲れたら欧州に行けますよ」と。

こう言われれば海外志向の強い選手は鹿島に行きますよ、かなりの確率で成長させてくれるのですから。

少し前まではこうした選手のニーズを利用してクラブ経営に活かすという発想を持てているJクラブはあまりありませんでしたが、20年前のガンバはそういうことを考えていたし、鹿島も小笠原(ローン)、柳沢(ローン)、中田浩二の時代からどんどん海外に出して、彼らはまた戻ってくるじゃないですか、これっていい形で海外移籍させているからなんですよ、ガンバも鹿島もこういう循環が海外移籍を通して描けていたんです。

 

-選手たちの海外でプレーしたいというニーズを利用しながら、ガンバや鹿島はクラブ経営する上で海外移籍を含めた選手の循環という形で確立出来ているということなんですね。

一方で国内に主力選手をどんどん移籍させるクラブ、まあこれはなりたくてそうなっているのかは分かりませんが、私はそういうクラブがあってもいいと思っているんです。

全てのJクラブが毎年毎年「優勝目指しています」と言いますよね、でもこれは嘘です。

スポンサーとか対外的な理由があってそう言うわけですが、「いや、今年は優勝を目指せないんです」「ウチは選手をどんどん売ってそれでクラブ運営を成り立たせているんです」と言えないクラブがあることがダメなんだと思っています。実際にそうやって経営を成り立たせているクラブはあるけどそれを言わない。

言葉に出す必要性やHPに書く必要があるかは分かりませんが、みんなが優勝を目指すと言うのではなく、ビッグクラブがあって、中堅クラブがあって、という風にそれぞれのクラブがカラーを創る時代にJリーグはとっくに入っていて、それをみんな分かっているのに、「Jリーグ百年構想」とか「Jリーグ理念」とか、そういうのでもがき苦しんでいるところに「カシマがモデルケースです」なんて言ってしまっていて、普通に考えたら札幌、東京、大阪、福岡、名古屋ぐらいの大都市でなければビッグクラブなんて成立させられないはずなんですよ。

鹿島については都市を本拠地としていないこと以外は全てビッグクラブの要素を持っているクラブで、欧州でもそういうクラブがチャンピオンズリーグで勝ち上がったりしますけどこうしたクラブは例外なわけです。

 

-選手の移籍マーケットという視点で見た時に、Jリーグにはまだビッグクラブと言えるようなところが見当たらないと言うことでしょうか。

鹿島は数多くの選手を輩出しているという意味で、その要素をすごく持っていると思います。スカウティングも素晴らしいし獲得した選手が潰れずにほぼレギュラーになって、日本代表に選出される確率も高い。

鹿島の選手って多くの場合3年くらいしか在籍しないんですよ、つまり3年くらいでいなくなる前提でチーム編成を続けている。

例えば流経大柏から関川を獲りましたと、これも3年後には欧州に行っちゃうだろうと、でもそれでいいとクラブは考えている。

だから2~3年の間に10人前後の選手がいなくなってもJ1での順位は常に安定しています。これが鹿島の凄いところで、いまや鹿島のカラーでもあるわけです。

ガンバはファン・ウィジョが売れたってなれば慌てるわけです、FC東京もチャン・ヒョンスがいきなり中国行くとなって、久保建英なんて18歳になったらいなくなるのがずっと前から分かっていたのに慌てて神戸から三田啓貴を獲らなくちゃいけなくなっちゃったわけですけど、鹿島にはそういうバタバタがほとんど無いんです。こういうのがビッグクラブの要素だと思います。

第2回「Jリーガーの年俸・契約年数・違約金が表に出ない理由」に続く

 

※1 【ローン移籍】所属しているクラブとの契約を残したまま、一定期間、他クラブへ移籍する制度。いわゆる「レンタル移籍」のこと。

※2 【ローンフィー】ローン移籍に伴い、移籍先のクラブが移籍元のクラブへ支払う「レンタル料」のこと。

 

田邊 伸明 (たなべ のぶあき)
株式会社ジェブエンターテイメント代表取締役
日本サッカー協会登録仲介人(元JFA認定選手エージェント)
1966年生まれ、東京都出身

大学卒業後、スポーツイベント会社に就職、1991年からサッカー選手のマネージメント業務を開始。また、ワールドスポーツプラザ「カンピオーネ」、「ワールドスポーツカフェ」等のプロデュース、サッカービデオ/DVDの日本語版監修などサッカービジネス全般のコンサルティング業務なども手掛ける。1999年日本サッカー協会のFIFA(国際サッカー連盟)選手代理人試験を受験し、2000年FIFAより選手代理人ライセンスの発行を受ける。2013年JFA公認C級コーチライセンス取得。

株式会社ジェブエンターテイメントHPより引用

 

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