会社の保養施設を社外にも開放
バブル期に会社が購入した豪華な保養宿泊所。社員に対する福利厚生で夏休みや冬休みになると、そこに泊まろうとする社員で毎日賑やかになってはいるけれど、ほとんどの期間は開店休業状態。
それでも宿泊所には住み込みの管理人が雇われているし、建物が立派なだけあってメンテナンス代もバカにならない。
福利厚生の為に存在する保養施設なので、もちろん会社がそれを負担はしてきたし、これからもしていくのだけれど、それにしてもこの不景気で少し財布のひもも固くせざるを得ない。
そこで会社がこの保養宿泊所に一般客を受け入れることを考え出した。
社員間で宿泊希望の多いトップシーズンは避けるとして、それ以外の週末はどうせ誰も泊まりに来ないのだし、一般客を受け入れそこで収入を得ることが出来れば、この施設に掛かる維持管理費はペイ出来るし、手放しでしまうこともしないで済む。これは名案だと社内でコンセンサスを図ろうと思ったら、思わぬ反論を受けてしまった。
『社外の人なんかを受け入れてしまったら、あの素晴らしい宿が汚されてしまうじゃないですか』
『あの保養施設は我が社の誇りでしょ?それを一般にも開放するなんて論外だ』
ほとんどの社員は今会社の経営が厳しいのも分かっているし、それもあって「保養施設の一般開放」は当然のことと受け入れて何の反論もしないのに、その保養施設が大好きで夏と冬は必ずそこに泊まって休暇を過ごしてきた社員やその家族の間からは「一般開放」をヨシとせず、先に挙げたような反論を繰り返してくるのだ。
皆さんはこんな話を聞いてどう思われますか。
やっぱり一般開放なんてしたら「自分たちだけの場所」が汚されるとお感じになられるでしょうか。
いやそうじゃないですよね、福利厚生施設とは言え、維持管理費を垂れ流すことが許されない経済状況になってしまったんですから、閑古鳥が鳴いている期間に一般客を受け入れて、その赤字分を少しでも減らせるのであれば、そっちにコミットメントしますよね?だって、そうすれば会社はその保養施設をこれからも所有してくれるでしょうし、そもそも会社が損益を出さないように経営努力しようとしているのですから、むしろ歓迎すべき話じゃないですか。
と、かなり唐突にサッカーと全く関係ないことを書いてきましたが、実はこれとほとんど同じ状況にあるのが、ここへ来て浦和方面でやや話題になっている「青島健太埼玉県知事候補と埼スタ」問題なのであります。
青島健太埼玉県知事候補の街頭演説
「私たちの愛する #埼玉スタジアム をもっともっと有効に使う。そのために、地域活性化に欠かせない鉄道延伸を」#大宮駅 #西口 #サッカー #浦和レッズ #埼玉高速鉄道 #みんなが輝く埼玉へ #青島けんた #青島健太 #We_are埼玉 pic.twitter.com/J8KdXSi6Xk
— 埼玉県知事候補 青島健太(あおしまけんた) (@aoken04) August 15, 2019
8月25日に投票日を控えた埼玉県知事選挙。
これに元プロ野球選手であり、スポーツジャーナリストの青島健太氏が立候補しているのですが、この青島候補が街頭演説の中でこう訴えました。
『~浦和美園で止まっている地下鉄7号線、これは全く勿体ない状態になっています。埼玉県の宝とも言うべき私たちの愛する埼玉スタジアム2〇〇2はサッカーだけをやるところになってしまっていて、あの周辺で遊んだり、或いはサッカー以外の使い方が叶わない。大変勿体ない状態のまま今を迎えております。
あのスタジアムを県民の誇りとして世界に通じるスタジアム、これをもっともっと有効に使う。その為にはやはり鉄道を延伸して、あの周辺でもっともっと経済的な活動が出来る、そういうエリアを設けることでそれはそのまま埼玉県の躍進につながる。これは間違いないことだと私は確信しています~』
この街頭演説の様子が映された場所が県内のライバル大宮アルディージャのお膝元、大宮駅前であったことで「とんだ的外れ」と一笑に付している浦和レッズファン・サポーターも少なからずいたようですが、「とんだ的外れ」なのはむしろそうして青島候補の演説を冷ややかに笑っている一部のJリーグファンの方であって、さらに言えばこの演説の中にある「埼スタはサッカーだけをやるところになってしまっていて」という部分をとって「埼スタの多目的利用はならぬ!」と声高に叫んでいる「Jリーグピッチ至上主義」「埼スタ至上主義」な発想だと私は思っています。
スタジアムを黒字化する方法
と言うのも、冒頭に挙げた会社の保養施設の話を読んで頂ければ、私の言わんとするところは概ねご理解頂けるはずですが、先ず共通認識として持っていて頂きたのは、Jリーグスタジアムのほとんどが慢性的な赤字体質にあって、中でも特にサッカー専用と言われるスタジアムについては、その出口すら見えないくらいに深刻な状況があるということです。
Jリーグスタジアムの「ほとんど」と書いたのは、北海道コンサドーレ札幌のホーム、札幌ドームと、FC東京、東京ヴェルディのホーム、味の素スタジアムについては黒字だからで、前者は当然ながら北海道日本ハムファイターズも本拠地として使っているスタジアムであり、後者はJリーグの開催頻度が断トツで高いスタジアムであるわけですが、この両者に共通するのはスタジアムライブの開催にも積極的なところ。
つまりそのスタジアムの収支をプラスにするのには、「高額な貸出使用料」(入場料を取らないようなアマチュアスポーツイベントなどは貸出使用料も安い)を回収出来るようなイベントにより多く使ってもらうのが最も手っ取り早い方法で、中でも1日で1000万円からの貸出使用料を得ることが出来るスタジアムコンサートについては、天然芝に対するケアがプラスされることを差し引いても、スタジアム運営の側にとっては大きなメリットがあるのです。
ちなみに件の埼玉スタジアムについては、Jリーグの主要スタジアムの中にあっても、単純に使用頻度が少なく、それだけで既に黒字化するのが非常に難しい状況があると言いきって差し支えないでしょう。
主要スタジアムの使用状況(2002W杯会場に限定)平成26年度 ※スポーツ庁が公表している数値
札幌ドーム(札幌市所有) 134日(陸上競技3、サッカー23、野球75、コンサート10、その他23)収入37.2億円 支出32.3億円 →黒字収支
ひとめぼれスタジアム宮城(宮城県所有) 119日(陸上競技98、サッカー14、その他競技6、コンサート1)収入3.4億円 支出9.0億円 →赤字収支
カシマスタジアム(茨城県所有) 76日(サッカー61、その他15)収入2.4億円 支出2.9億円 →赤字収支
埼玉スタジアム(埼玉県所有) 52日(サッカー40、その他12)収入5.9億円 支出8.8億円 →赤字収支
日産スタジアム(横浜市所有) 78日(陸上競技30、サッカー36、コンサート2、その他10)収入2.3億円 支出7.5億円 →赤字収支
デンカビッグスワン(新潟県所有) 81日(陸上競技40、サッカー25、その他競技1、その他15)収入1.2億円 支出3.1億円 →赤字収支
エコパスタジアム(静岡県所有) 142日(陸上競技110、サッカー23、その他9)収入2.2億円 支出8.1億円 →赤字収支
長居スタジアム(大阪市所有) 108日(陸上競技48、サッカー45、その他競技1、コンサート2、その他12)収入4.0億円 支出6.0億円 →赤字収支
ノエビアスタジアム(神戸市所有) 92日(サッカー41、その他競技4、その他47)収入4.0億円 支出6.1億円 →赤字収支
大銀ドーム※現昭電ドーム(大分県所有) 79日(陸上競技30、サッカー23、その他競技2、その他24)収入0.1億円 支出3.8億円 →赤字収支
参考
味の素スタジアム(東京都所有) 253日(陸上競技19、サッカー86、その他競技40、コンサート10、その他98)収入12.5億円 支出11.3億円 →黒字収支
傍若無人な理屈
そして、こうした状況にある埼玉スタジアムをこのまま赤字垂れ流しにしていてはならんと、これを政権与党である自民・公明が推薦する知事選候補者が叫んでいるということは、この主張が社会的に至って当たり前な、王道としての考え方、理屈であるということを示しているとも言えます。
それも当然でしょう。
人口が減り税収も減っていく世情にあって、福祉を含め様々な行政サービスの見直しすら叫ばれる地方財政の現状は極めて深刻な状況にありますし、大体2002年の日韓W杯に向けて建設された埼玉スタジアムはその最終的な総工費が350億円を超え、県の財政をそこに投入せざるを得ない状況の中、当時の埼玉県地方公務員は昇給が停止されたという話もあったほどです。
いずれにせよ、今のところこのスタジアムが出来て喜べているのは浦和レッズファン・サポーターを中心に、一部のサッカーファンだけであって、それは埼玉高速鉄道が浦和美園から延伸されない実態や、スタジアム周辺の開発、活用がそれほど大きく進んでいないことがそのままそこに現れてもいるわけで、クラブがスタジアムを保有せず、言ってみれば興行に必要な箱を維持するための経費を税金に肩代わりさせざるを得ないビジネスモデルでしかないJリーグの世界を享受している人たちが
「埼スタはサッカーの為だけに存在してきたしこれからもそうあるべき!」
とした主張をすることがどれほど傍若無人な姿勢であるのか。それは会社の保養施設を社外開放するのに反対して「そんなの論外だ!」と言っている社員となんら変わりません。
そして、そうした「常識外れ」な主張をさも正論かのように叫ぶサッカーファンが束になっているのを見るにつけ、本当にみっともない光景だと感じることも多くなってきました。
青島健太候補に埼玉県行政の長を任せるか否かは別にして、少なくとも青島候補が大宮駅前で演説した「埼スタはサッカーだけをやるところになってしまっていて」は、ごく普通に考えてごく普通に出てくる考え方であって、全くエキセントリックな主張ではない。
むしろ国政の与党推薦候補として「置きに行っている」無難な主張であるわけで、それに対して一部のサッカーファンが青島候補を痛烈に非難したところで、世の「サッカー好き」が奇異で偏狭な集団として見られるのがオチでしょう。
好きなこと、生活の全てと言い切れるような対象を持てることはある意味で幸せなことだし、素晴らしいことでもある。
しかし、それもこの社会に少なからず依存しながら享受しているという認識は持つ必要がある。
生まれたばかりの子どもが社会の在り方を認識出来なかったとしても、大人が、いち社会人が、そうした視点をしっかりと持っていないと、子どもだって安心して泣けないでしょう。