長居スタジアムの荒れたピッチ、その元凶は?~BTSなのかスタジアムライブなのか

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長居の荒れたピッチ、その元凶は?

7月10日。

天皇杯2回戦「セレッソ大阪VSアルテリーヴォ和歌山」が行われた長居スタジアムのピッチは、試合のハイライト映像を少し見ただけでも確認出来るくらいに荒れていました。

部分的に茶色く変色し、ゴール前については芝生が剥げて土が露出しているようにも見える。

緑色の絨毯が美しく敷き詰められているように見えるJリーグのピッチコンディションを見慣れてしまっている私にとって、この日の長居に見られたピッチ状態は、画面を通して見るだけでも衝撃的ですらありました。

そしてこの荒れた長居のピッチがどうして生み出されてしまったのか、その「理由」「原因」と‟される”情報もすぐにネット上を駆け巡ります。

BTS。

これは今最も勢いがあると言われているK-POP男性アイドルグループ「防弾少年団」の愛称ですが、彼らがこの日の直前、7月6・7日に行ったスタジアムライブ。これが天皇杯2回戦で突如現れた長居の荒れたピッチを生みだした‟元凶”であるという言説は、瞬く間にSNS上で拡散し多くのJリーグファンがこのライブ開催に対し批判的な主張を繰り広げていくこととなります。

 

 

 

 

折からの「嫌韓」の風にも乗って、このK-POPアイドルが「荒れたピッチを作り出した元凶」として矢面に立たされたように私は感じていますが、そもそも論として長居スタジアムは大阪市の公共施設であって、セレッソ大阪が指定管理者に名を連ねているとは言え、サッカー界だけが恩恵を授かることの出来る施設では決してありませんし、(指定管理者がその公共施設を優先利用することは原則的に許されていない)多額の税金をそこに投入しているからこそ、スタジアムライブのようなイベントを受け入れることは非常に重要な施設運営方針でもあるわけです。

それをあたかも長居スタジアムがJリーグだけのものだと言わんばかりの論調には辟易とさせられますが、この7月6・7日の長居に続いて静岡・エコパスタジアムで開催されたBTSのスタジアムライブに際しては、そこに集まった観客、ファンのマナーの悪さを猛烈に批判し、それを以て「BTSはスタジアムライブをするな」といった流れが出来ていく過程を見るにつけ、日頃からJのスタジアムやスタジアム周辺で”マナー違反者”をスマホ撮影しSNS上で晒し者にしている一部のJリーグファンの行動様式を見ているだけに、もはや失笑に絶えない感もあります。

 

 

いずれにせよ、スタジアムライブで荒れたピッチを盾に、サッカー以外のスタジアム利益享受者を批判し、それがさらには「嫌韓」の波に利用されているかのような光景は、見るに堪えないと言いますか、

『サッカーを嫌韓の材料に使うな!』

と叫びたくなる心情が湧いてきたのであります。

グラウンドキーパーの第1人者に突撃取材

とはいうものの、正直に申しますとどこか自分の中で釈然としない思いも一部にはありまして

それは「スタジアムライブによって荒れた芝生」というこの大元の部分、これについては恐らく事実として間違いのないことでもあって、それが「BTSだったから荒れた」のか「スタジアムライブであれば荒れる」のか、ここについては天然芝ピッチについての知識がほとんど皆無の私には判断がつかないわけです。

例えば「BTSは天然芝のことを考えずにライブ演出した」という推測があっても、それに反論することも出来なければ、「今年の梅雨は日照時間が短いからもともと芝生にとって過酷な気候条件だったのだ」と言い切ることも出来ない自分に気がつき、これは天然芝ピッチの専門家に話を伺わせて貰わなくてはという思いに駆られ、ある天然芝グラウンドキーパーの方に疑問をぶつけさせて頂きました。

池田省治さん。

日本のグラウンドキーパー界における第1人者です。

これまでに数々のJリーグスタジアムでヘッドグラウンドキーパーを務められ、天然芝に対する理解・啓蒙などにも積極的に取り組まれている方です。

池田さんは非常に多忙な方で、今回は電話によるインタビュー取材という形にはなってしまいましたが、以下にその要旨を対話形式でまとめさせて頂きます。

ー日本のスタジアムで天然芝を管理する上で重要なことはどんなことでしょうか。

『天然芝を管理する上で最も重要なのはその天然芝がどのような「目的」で使用されるのか、それを明確にすることです。例えば味の素スタジアムの場合、サッカーが年間で約4~50試合が行われ、スタジアムライブは5回行われています。こうした目的が明確になっていなければそこに必要な管理予算も決められませんし、天候対策も打てません。グランドキーパーに管理権限を持たせることも出来ない。

ただ実際にはこの「目的」があやふやなまま、施設・施主側がグラウンドキーパーに天然芝管理を任せてしまっているケースは非常に多い。

例えば「車が欲しい」と言いながら、それが軽自動車なのか高級外車なのか、それを明確にしないままディーラーにオーダーしているようなもので、だからグラウンドキーパーが決められた予算内で天然芝管理をしていても「もっと綺麗なピッチにしたい」となってしまうことがあります。』

ーでは必ずしも天然芝の上でサッカーをするだけではなく、スタジアムコンサートが行われたとしても、それがその天然芝ピッチの「目的」として明確にされていれば、予算捻出をすることなどで対策は可能だと言うことでしょうか。

『天然芝は「草で出来た絨毯」だとも言えますが、それがどこに敷かれるのか、それによってペルシャ絨毯じゃなきゃいけないのか、ニトリの安い絨毯でもいいのか、それが決まってきますよね。』

ー今回、スタジアムライブ開催後に長居スタジアムの天然芝ピッチが荒れてしまった原因はどんなことが考えられますか。

『私も直接現地で見てはいないので画像や映像を見た限りではありますが、今年は春先からの気候条件も決して良くなく、この梅雨も日照時間が短いし、天然芝にとって過酷な状況です。シートで覆われてしまえば天然芝は呼吸も出来なくなりますから、変色して茶色になる原因にもなります。

ただ常に完璧な天然芝を維持したいのであれば、ビッグロール工法で2週間あれば張替えは出来ますし、それが「目的」として明確になっていれば予算も投入する必要が出てきます。』

ー天然芝ピッチの「目的」から逆算していけば、天候面などに対しての備えについても予算化する必要が生じていたはずだと。

『例えば新しいスタジアムが造られて、こういう天然芝ピッチにしたいとなっても、ハード面においてそれが実現可能な設計になっていないケースもあります。管理する為に必要な倉庫が十分になかったりということですね。』

ーJリーグのスタジアムなどでもよく、観客席部分の屋根構造によって天然芝の生育に悪条件だとか、そんな話が出ますが、そうしたことでしょうか。

『私たちは「いいピッチがあればいいプレーが出来、だから人もそこに集まりスタンドや屋根が必要になる」と言っているんですよ。』

ーJリーグが開催されているようなスタジアムの天然芝の上でライブが行われることについてはどうお考えですか。

『Jリーグスタジアムの多くは公共施設ですから、利用頻度を増やしていくことで投入した税金を回収していかなくてはいけませんよね。ただその時に例えばスタジアムライブで100の収入があったとして、それによって天然芝の張替えをする必要が生じてそこに80の経費が掛かると、その経費を払わずに済めば100がそのまま収入になりますが、張替えをすれば20しか収入は残らない、「目的」があやふやであれば100を取る方にいくかも知れませんよね。』

ー私自身も自覚していますが、やはり「芝生文化」の浅い日本社会においては、天然芝に対する認識もまだまだ高くないのでしょうか。

『例えば床屋へ行って髭剃りをしてもらう時、眠たくなるほど気持ちよく髭を綺麗に剃ってくれる人と、血だらけになっちゃうような剃り方をする人がいて、血だらけにしちゃう人が安価で入札して案件を獲得してしまう実情があります。

同じグラウンドキーパーで、同じような機械を使っていても、出来上がっていく天然芝の質は全く違うのに、天然芝に対する認識が高くないからそれが評価されにくい。

ただ、天然芝の上でプレーする選手たちを見極めなくちゃいけないこともあって、サッカーの世界はそうしたことに対する理解が深いと感じています。』

池田さんにお話を伺っていくうちに、植物としての天然芝と向き合っておられるからこその見識の深さを強く感じさせられました。

池田さんが今取り組んでおられる仕事のポリシーとして「自然循環型の天然芝」というものがあるそうです。

農薬使用量を減らし(減農薬)土壌を健康にし「抗生物質のいらない天然芝」を作っていくこと。恐らくこれもその必要性が広く認識されないことには、予算投入も含めそこにエネルギーを注ぎ込む価値を見出す社会は出来ていかないでしょう。

そして、サッカースタジアムにおける天然芝に対して、池田さんがお話して下さったことを見返していくと、長居スタジアムのピッチが荒れた際にJリーグファン界隈に見られた一連の主張が、いかに軽薄でいかに狭窄的であるか、それを再認識することも出来ました。

問題なのはBTSでもピッチ上でライブが行われることでもない。

その天然芝をどういう「目的」で使いたいのか、そこを明確にしていく作業の欠如、その重要性に対するあまりに乏しい見識であると、つまり、問題なのは我々自身の中にこそあったのです。

 

【池田省治】(いけだしょうじ)さんのプロフィール

1952年 富山県生まれ
1975年 武蔵工業大学土木工学科卒業
1984年 株式会社オフィスショウ設立
1989年 NFLグランドキーパー・ジョージトーマ氏より技術取得
スーパーボウル13回、プロボウル14回、アメリカンボウル12回のメンテナンスを経験。
日本にアメリカ同様のスポーツターフ専門グランドキーパーを育てるべく現在に至る。

 

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