6月16日 別府・実相寺サッカー競技場
別府市・実相寺サッカー競技場。
2002年に開催されたW杯日韓大会に際してはセネガル代表チームもここでトレーニングを行ったと記録が残っていますが、観覧席や選手たちの控室となったクラブハウスも含め、施設自体は非常に年季の入った佇まいで、天然芝と人工芝、2面あるピッチを囲むようにして、大きな緑の葉を茂らせた桜の木が立ち並んでいることからも、どこかその空間が学校の校庭のように世間から隔絶されているように感じられもするのです。
そんなどこにでもあるようなこのサッカー場で、九州サッカーリーグに所属する全10チームが一堂に会し、土日の2日間を使ってリーグ公式戦を連戦で行う「リーグ戦集中開催」が行われたわけですが、そこに集まってくる九州トップクラスの社会人サッカーチームの中にあって、「Jリーグ昇格」を明言する2つのチームが放つ存在感は明らかに異質で、2日目の午前中に行われたその両者の直接対決「J.FC MIYAZAKI VS 沖縄SV」については、そのキックオフ1時間前に選手たちがウォーミングアップを開始し始めた段階から、何者をも近づくことが許されない様な、尋常ではない緊張感がそこにあったのです。
劇薬
前回の九州サッカーリーグレポートの中で、このリーグに存在する「2:8」つまり、Jリーグ昇格を表明している2つのチームと、それ以外の8つのチームという観点でこのリーグを見た時に、九州サッカーリーグをその創設以来長く支えてきた「8」側のチームが感じさせるムード、そこにこそ「マスメディアが絶対に切り取らない部分」があり、このリーグを普遍的に楽しむ上での魅力を見つけることが出来たと書きましたが、それも「Jリーグ昇格志向」のあるチームが‟強者”として存在していることが、非常に重要な要素、エッセンスとなっているのは間違いなく、「8」側のチームそれぞれが‟強者”と対戦する試合ももちろん刺激的ではありますが、シーズンを通して2回だけ行われる‟強者同士”の直接対決については、もはや「エッセンス」などという柔らかな言葉で表現するのは難しく、さしずめ「摂取量を誤れば生命にすら影響を及ぼしかねない劇薬」とでも申しましょうか、それくらい‟異質”で‟パンチの利いた”対戦だということを私自身思い知らされたのであります。
それにしても、この対戦。
本当に90分の間に起きたことだったのかと思わされるほど様々なことが起き、試合終了のホイッスルが鳴ると同時に見ているコチラの方までグッタリとしてしまうようなゲーム展開。
ただ、少なくとも前半については、完全にJ.FC MIYAZAKIのゲームと言える試合内容でした。
試合をプロデュースする佐野裕哉
前線のスピードある選手たちが果敢に挑み、サイドでも中央でも沖縄SV守備陣を足で撹乱し、その全てを‟天才”佐野裕哉選手(背番号10)がプロデュースしているかのような試合運びで、真っ黒に日焼けし、地域リーグの選手とは思えないような体格と技術をもった沖縄SVの選手たちをチームとしてほとんど機能させませんでした。
高原直泰選手(背番号10)も最前線で孤立し、チャンスらしいチャンスすら作らせてもらえません。
そんな中、佐野裕哉選手の蹴った見事なFKからヘディングシュートも決まり、その試合展開をそのまま表すかのように、J.FC MIYAZAKIの1点リードで前半を折り返すと、後半に入っても、J.FC MIYAZAKIが主導権を握るゲーム展開に大きな変動はなく、獲得したPKを失敗する場面もありましたが、それでも試合の流れを相手に譲ることはなく、後半23分、ショートカウンターから完璧な崩しでゴールを奪い、そのリードを2点に広げます。
残り時間20分余り。
この時点で2点のリードを奪ったことで、J.FC MIYAZAKIベンチ前ではジョージ与那城監督が勝利を確信したようなガッツポーズを見せ、熾烈な戦いで確実に勝利を掴みとろうとする選手たちに『良くできているぞ!』といった旨の激を飛ばしているのも確認出来ました。
しかし、ここからこのゲームは主役の座を奪還すべく、沖縄SVの「劇薬」っぷりが存分に発揮されてしまうのです。
あの時を語る言葉
身長190㎝、絶対的な空中戦の強さを誇る沖縄SVのCB岡根直哉選手(背番号5)を前線に上げ、彼をターゲットとするパワープレーにシフトした沖縄SVでしたが、ラグビーで言えば重量級FWによるスクラム戦に近い圧倒的な攻撃力を前に、J.FC MIYAZAKI守備陣は徐々にその守備位置を自陣ゴールに近い位置へと押し込まれていきました。
試合後にこの時の状況を指して
『守備のポジションを全体に後ろにして枚数も増やしたが間に合わなかった』とジョージ与那城監督は語り
『あの攻撃を最後まで我慢できなかった、それが全て』と佐野裕哉選手は繰り返し語り
『自分が前でやることには自信があったし、相手が少し引いたのでやりやすかった』と岡根直哉選手は語りました。
いずれも試合直後の言葉であって、あくまでも「結果論」と言うことも出来ます。
しかし、長いシーズンの中におけるたった1試合のこと、それも後半の僅か15分ほどの時間に対して、Jリーガーとして活躍をしてきた選手たち、そして日本サッカーの伝説とも言える指導者が、地域リーグのたった1試合、たった15分を振り返って、これほどまでに悔しがり、これほどまでに充実した顔を見せながら、終わったばかりの真剣勝負を自分の言葉で話す様。
このあまりに強い情熱とそれを体現する為に鍛えられた姿勢。これこそが彼らを地域リーグの中にあって「摂取量を誤れば生命にすら影響を及ぼしかねない劇薬」と評したくなる私の思いの根底にあって、リーグに所属する他チームと比較し‟異質”であり、近づきがたい緊張感を放っていても、そこにしっかり寄り添っていなくてはと思わされる原因があるように感じます。
劇薬はひどく魅力的
試合は岡根直哉選手が2つのゴールを演出し、高原直泰選手が後半アディショナルタイムに決めたPKを含む2ゴールを挙げ、大逆転でJ.FC MIYAZAKIに勝利し、沖縄SVはリーグ首位の座をキープ。昨シーズン出場を果たすことの出来なかった地域サッカーチャンピオンズリーグ出場権獲得に向け、先ずはその最初の関門を見事に突破しました。
『坊主にしてサッカーにもっと集中しなくちゃいけないと思った』
今シーズンから頭をスッキリと剃り上げ坊主頭になった岡根直哉選手に「何故坊主頭にしたのか?」と尋ねるとこう答えてくれました。
『代表(高原直泰さん)も坊主頭なのに、俺がしないわけないじゃないですか(笑)』と最後は冗談のように話し実相寺サッカー競技場を後にした岡根選手でしたが、サッカー選手に必要なのは技術や戦術のスキルだけではなく、そこにどんな気持ちで挑めるか、戦う気持ちを持つことが出来るかなんだと、それを暗に示してくれたようにも思います。
『ここで負けて終わりじゃないし、ここからは試合を落とさないだけじゃなく、どれくらい得点を奪えるかが重要になってくる』
J.FC MIYAZAKIの‟天才”佐野裕哉選手は、試合を終えると既に次の戦いに向け気持ちを切り替えているように見えました。
九州サッカーリーグでの戦いを「摂取量を誤れば生命にすら影響を及ぼしかねない劇薬」足らしめている2人の選手にとって、こうしたサッカーが日常であるのかも知れません。
しかし、そうではない我々のような市井の人間にとっては、彼らの創り出す「劇薬」がひどく魅力的にも映るのです。