立身出世物語
‟これがのちの〇〇である”
こんな言い回しがネット上で面白おかしく使われている場面をよく見かけますが、洋の東西を問わず、現代社会に生きる人間が「立身出世」「成り上がり」といったストーリーを特に好むことについて異論をお持ちの方も少ないでしょう。
‟少年はそのあまりの素行の悪さから11歳で尋常小学校を退学させられ奉公に出たが、それでも一所に落ち着くことは出来ず、3年もしないうちに浅草へと逃げ込んだ。この少年こそが、のちの天才落語家、5代目古今亭志ん生である”
まあこうした「立身出世物語」に触れた時に人は
「良かった良かった。小学校もクビになって浅草でフラフラしたまま悪い世界に行かなくてホントに良かった」とか
「やっぱり立派な噺家になる人は、普通の人間のような育ち方はしていないねぇ」といった具合に、時には自分が身内にでもなったような気分で、またある時は自分の人生とは一旦切り離しつつ人生観になぞらえてみながら、成り上がり者の立身出世を堪能するわけですが、やっぱりこうした思考傾向はスポーツを見つめるときの視点にもかなり大きく影響しているように私には思えておりまして、それが如実に表れているなと思ったのが、久保建英選手の欧州移籍話についてなのであります。
久保建英はどこへ行くのか?
これを書いている時点で、全く確定的な情報は得られていませんが、件の久保建英選手がどうやらあのレアルマドリーに移籍することが決まったらしく、ちょうど久保建英選手が18歳の誕生日を迎えた6月上旬くらいからザワついていた「久保建英はどこへ行くのか?」についても、いよいよその最終章が近づいてきた感があります。
【追記:6月14日20:30(日本時間) レアルマドリーが久保建英の獲得を正式に発表。来季はカスティージャ(レアルのBチーム 3部相当)からスタートすることも明らかになった】
そもそもFCバルセロナの育成機関でプレーしていた久保選手が、その若すぎる年齢が障害となり日本に戻ってきた時点から、彼が18歳、つまりFIFAの定める「未成年」でなくなった時点で再び元のさやに戻される可能性が高かったのは分かっていたことではありますが、それでも2015年に15歳で帰国しFC東京U-15からスタートした久保建英選手のJリーガーとしてのキャリアは、まさに順風満帆で、今シーズンについてはJ1リーグ首位を邁進するチームの中にあって、久保建英という1人のサッカー選手が放つ存在感の大きさがいよいよ明確になってきてもいたわけで、単純に「規定があるので一時帰国」しているとだけ表現するのが難しい活躍を見せてはじめていたのであります。
だからこそ、このタイミングでの欧州移籍話を「喜ばしい立身出世ストーリーだ!」とばかり取ることの出来ない層が一定数いるはずだと私は感じていたのですが、どうやらそうでもないらしい。
初のJ1リーグ王者を目指すチームにとって欠かせない久保建英というピースを取り上げられてしまう可能性に対し、FC東京を熱心に応援されているファン・サポーターの中には「欧州移籍?いいから東京で頑張ってくれ!」とした声も目にしないわけではありませんでしたが、どちらかと言えばこの「レアル移籍」については、前提が「移籍肯定」からスタートしているコメントや、ニュース記事、コラムなどが圧倒的で
「いや、でも久保建英のあのエグいプレーを少なくとも10年くらいは、Jリーグで見られなくなっちゃいそうなんすけど」と、私などはブレーキを掛けたくなる衝動が抑えられないのです。
客を呼べる選手
もちろん、1人の素晴らしいプレーヤーがいたとして、彼は彼に見合った舞台で活躍すべきだと私も思います。
しかし、その舞台がいきなり「いっちょ上がり」みたいなレアルマドリーなのかよ?みたいな違和感は一先ず置いておいたとしても、久保建英という1人のサッカー選手が、その選手としての特徴やストロングポイントすら十分に認知されていない段階で「レアルマドリー」というキラーワードだけが彼の代名詞のように使われていくのかと想像してしまうと、18歳にして早くも久保建英の「大衆による消耗」がスタートしてしまったようにも感じられ
「立身出世も面白いけど、大切なのは今!今どんなプレーを見せてくれるのかの方がよっぽど面白いんだぜ!」
と叫びたくもなってしまいます。
久保建英選手が欧州サッカーに戻ってしまうのは、半ば既定路線であったのかも知れませんが、それでも彼は「客を呼べる」選手になりつつもあった。
その「客を呼べる」要素が、これまでは「バルサのカンテラ育ち」「10歳でバルセロナに見初められた天才少年」であったのも事実ですが、今シーズンの彼のプレーを見れば、純粋にピッチ上のパフォーマンスで「客を呼べる」選手に成長していたのは間違いありません。
でも結局は「バルサでプレーする久保クンが見たい」「久保建英という名を世界に轟かせて欲しい」「日本人天才プレーヤーが欧州サッカーを席巻するシーンを見たい」「Jリーグなんて小さな箱に収まっていてほしくない」とした絶大なニーズがあったことによって、彼の欧州移籍話がサッカーファンを含めた世間的話題にもなり、これはカネになると見込んだエージェントが付き、レアルマドリーも彼の獲得意義をそこに感じたのだとすれば、一部の欧州好きサッカーファン、そして「立身出世物語」が大好きな大衆の欲求が現実化するのと同時に「久保建英をJリーグで見ることが出来なくなる」というかなり大きな代償がそこに生じようとしていること、これはJリーグの将来に危機感を持たれている諸兄にあられては是非ともご共感頂きたいのです。
Jリーグで久保建英が見られないなんて・・・
念のため書いておきますが、私は別に「久保建英選手は絶対にJリーグを離れてはいけない」などと考えておりません。
ただ、欧州移籍するJリーガーがいた時に、それを手放しで肯定する風潮がサッカーファンに限らず、世間一般に存在してしまっているということ、そしてその移籍先が世界に名を知られたビッグクラブであったりすれば、もはや肯定とか否定とかの次元を超えて、そのニュースに熱狂してしまうマスメディアとその受け手が存在しているということ、そして、とかくそうした熱狂は、勝ち馬に乗るだけ乗って、もうこれ以上「搾り取れない」と見るや否や、蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまうこと。
だからこそ、そうした世間的ムードが、必ずしも日本サッカーの、Jリーグの今、Jリーグの将来を考えた時に、決して歓迎すべき風潮とは言い切れないと私は思うのです。
今回はそれを今最もホットな「久保建英→レアル」を題材にして書かせて頂いたに過ぎません。
ただ、敢えてもう一度言います。
我々はもう久保建英の成長をJリーグでは目撃出来ない!