サッカースタジアムとヤジ
サッカースタジアムのムードを時として殺伐としたものへ変化させてしまうヤジ。
熱心なサポーターも多く集まるゴール裏で試合を観ていたりすれば尚更、ゲームの流れやピッチ上で起こる事象に対するヤジが頻繁に叫ばれることは少なくありませんし、サッカーに限らずスポーツ観戦などをされて、そうした状況に遭遇した経験をお持ちの方がほとんどでしょう。
私も少し前までは「ヤジなんて止めようよ」と思ってもいて、その理由としては「スタンドが殺伐とする→怖い雰囲気になる→女性や子どもが近寄らなくなってしまう」と考えておりました。
大抵の場合、ヤジって自分の後ろにいる人が発した言葉が聴こえてくるわけで
「おい!!てめえ何度目だ!!!」とか
「レフリー!ちゃんと見ろ!」とか
中には
「殺すぞ!」「死ね!」まで
このように、日常生活の中では滅多に聴くことのない、かなり物騒なワードが使われていることがほとんどで、男性の私であってもその声の主が誰なのか、振り返って確認する勇気が湧いてこないくらいにドスの利いたおっかない声でもありまして、それだからこそ「女性や子どもはもっと怖いだろうな」と案じる気持ちにどうしてもなっていたのです。
ヤジをどう考えるか

ただ、いつからかそんな「チンピラの威嚇」みたいなヤジであったとしても、まあサッカー場ってそもそもそんな上品な場所ではないし、そりゃ数千人から場合によっては何万人も人が集まっているのだから、中には「映画アウトレイジ」みたいなノリが大好きな人も高確率で混じっているだろうし、学級会で眼鏡かけた女学級委員がソレを糾弾するような、妙に優等生っぽい気分になって他人の行いをアレコレ指摘するのもカッコ悪いなと、そう思えるようになってはきたものの、それでもやっぱり時折背後から響いてくる
「てめえ、何しやがんだ!ぶっ殺すぞ!!」
には、それが結果的に自分へ向けられた言葉ではないのが分かることにはなるんですが、その度に一瞬「あれ、俺が今試合の流れとは関係なく唐揚げ喰ったから?か、、な?」などとドキドキしてしまう場合も少なくなく、さてさてどの辺りで折り合いをつけようかと、「ヤジに対する自分のスタンス」を探っている時期が長く続いていたのです。
言葉の意味を辞書でひく
と、ここまで一気に書いて参りましたが、今一度、「ヤジ」という言葉の意味するところを確認しておきましょう。
やじ【野次】
①「やじうま」の略。②やじること。その言葉。「-を飛ばす」
案外フワッとしてますね。
これじゃあ少し調べた甲斐がないので「ヤジ」が動詞化した言葉「ヤジる」で調べてみましょう。
やじる【野次る】
人の言動を、ひやかしたり、はやし立てたりして妨げる。「講演者をー・り倒す」
なるほど、少し具体性を帯びてきました。さすが動詞。
ただ、思っていたよりも少しソフトな印象ですね「ぶっ殺すぞ!」を冷やかし、または、はやし立てる意味で使っている人がいたら、街中で争いが繰り広げられてしまいそうです。
と言うことは、スタジアムで聴こえてくる「アレ」は「ヤジ」の範囲を超えているのかも。
なので次は、一気に「罵声」という言葉の意味を確認してみます。
ばせい【罵声】
ののしって騒ぐ声。「-を浴びせる」
じゃあついでのこの言葉も確認しちゃいましょう。
どごう【怒号】
怒ってどなること。また、その声。
あれ?ものすごくしっくりきますね。
確かに「ぶっ殺すぞ!」って叫んでいた人の顔をそぉ~っと振り返って見てみると、怒ったような顔をしてましたし、「レフリー!ちゃんと見ろ!」の人は口をものすごく尖がらせていました。
少なくともあれは「冷やかす」とか「はやし立てる」人の顔つきではないし、「怒って罵り怒鳴る」と表現するのが自然だったでしょう。
ヤジはエンタメ

ただ、こうして言葉の持つ意味を調べてみて、スタジアムで発せられた言葉、それが「ヤジ」なのか「罵声」なのか「怒号」なのか、それをその場で判断したところで、私の中で「ヤジに対するスタンス」が確立されるわけでもありません。
と、そんな風に悩んでいた私に、ある大きなヒントが与えられたのです。
たまたま目にしたネット上の書き込み(その書き込み自体が何処にあったのか、もう見つけることが出来ないのですが)にあった「ヤジはエンタメ」という言葉。
この書き込みには『大勢の人が集まっている場所で大声を張り上げるのだから、そこに居る人たちを楽しませる気持ちを以ていなくてはいけない』といった主旨の言葉が書いてありました。
私は「コレだ!」とそれを目にした瞬間にそう思いました。
確かに、たまに聴こえてくる思わず笑ってしまうような大声、これがピッチ上で起きている出来事とうまい具合に連動していたりすればするほど、大歓迎なんですよね。
以前こんなシーンに遭遇したことがあります。
ある選手がそれはそれはカッコいいスライディングで、あわや失点とも言えるような窮地を救って見せたのですが、その直後にゴール裏から男性の声で
「〇〇~!!!焼肉と寿司どっちにする~!!!」
と、そんな声が響き渡り、それまでの緊張感みなぎるゴール裏に笑いが巻き起こったのです。
ヤジはエンタメ、周りの人を喜ばせてナンボ

叫んだ男性が、試合後にその選手を焼肉屋か寿司屋に連れていったのか、それは分かりません。
いや、絶対に連れて行ってないでしょう。
ただ、ここで重要なのは実際にご馳走したかしてないかではなく、あの時あの言葉を聴いた周囲の人たちが思わず笑ってしまったことで、これ自体、相当のサービス精神がなければ出来る芸当じゃありませんよ。
「チンピラの脅し」みたいに脊髄反射で「殺すぞ!」「死ね!」って叫ぶのは簡単ですけど、何しろウケませんから、それじゃあ。
と言うわけで、私の中で「ヤジに対するスタンス」がかなり明確な形で確立しつつありまして、そのキャッチコピーが
「ヤジはエンタメ、周りの人を喜ばせてナンボ」
となったのです。
「スタンドが殺伐とする→怖い雰囲気になる→女性や子どもが近寄らなくなってしまう」
これが
「スタンドが笑いに溢れる→楽しい雰囲気になる→女性や子どもに限らず人が大勢集まってくる」
へ完全転換です。