「渋谷のラジオ」が燃える
渋谷のコミュニティラジオ「渋谷のラジオ」で放送されている番組‟Track Town SHIBUYA”の出演者、日本陸連の畔蒜洋平(あびるようへい)さんが番組内でした発言が、多くのサッカーファンの反感を買う事態になってしまっているようです。
件の発言は、GW期間中、5月3日に放送された番組内で発せられたもので、Twitter等で畔蒜さんが猛烈な批判を浴びていたピークもGW明け頃であったように記憶しているので、このタイミングで敢えてそれについて触れること自体が、若干の周回遅れ感は否めませんが、何しろこの番組、約1時間20分ほどの長いトーク番組でありまして、その全てを拝聴するのに私自身、時間を要してしまいまして、多くの方にとっては「過去の話」と取られてしまう可能性も否めませんが、思うところがありますので書かせて頂こうと思います。
まず初めに、私はこの畔蒜洋平さんが番組内で述べられたこと、その主旨については概ね賛同出来ると言いますか、むしろ「あぁこんなことを考える人が日本スポーツの‟当局側”にも出てきたんだな」と、嬉しくすらあったわけです。
番組内で畔蒜さんが話されていた主旨、それは「日本スポーツ界に巣食う競技者至上主義からの脱却」についてであって、日本サッカー界も唱えている「グラスルーツ」の重要性についてなのです。
陸上競技に限らず、日本のスポーツ界全体に当たり前のように存在してきた「普及」に対する概念。
つまり「1人のスーパースターを発掘するために裾野を広げていく」という考え方、これに待ったをかけたいと、それが現在陸連において畔蒜さんの取り組んでおられることであると、そう私は解釈しました。
2つのキーワード「ウェルネス陸上」と「織田フィールド」

その中で重要なキーワードが2つ出てきます。
1つは「ウェルネス陸上」という日本陸連が打ち出している理念構想であり、もう1つはそれが具象化されている光景としての「織田フィールド」であるわけです。
「ウェルネス陸上」とは「すべての人がすべてのライフステージにおいて陸上競技を楽しめる環境をつくる」という理念のもと取り組まれている構想で、代々木公園内にあるあの小さな陸上競技場「織田フィールド」は、言ってみれば既存のモデルケースでもあると、そういうわけです。
だからこそ、そんな織田フィールドを含めた敷地に新スタジアム建設計画が浮上することに日本陸連が必ずしもいい顔を出来ないどころか、相も変わらず「スーパースターの側、即カネを生みだす仕組みの方向」だけを見ているような一見華やかな計画に色めきだって、スポーツの持つ本来的な意義、つまり「すべての人がスポーツを楽しんでいる」織田フィールドを潰してしまうのは、完全に時代に逆行した発想であると、畔蒜さんはそう思っていらっしゃるのでしょう。
私はこの番組の音声を聞いた後、たまたま代々木方面へ行く予定があったので、木曜日の夕方でしたが織田フィールドの様子を実際に見てきました。
番組の中で話されていたような大混雑こそありませんでしたが、それでも学校の授業を終えた中高生が次々にやってきて、トラックでトレーニングをしている光景を確かに見ることが出来ました。
「織田フィールド」がもともとそうした意図を以て造られた陸上競技場であるのか、それは分かりませんが、現実的に東京の中高生が走る場所として、その受け皿になっているのは事実で、こうした象徴的な場所が日本のあらゆる地域に無いにも関わらず、それがスポーツの特にビジネス面においては価値をほとんど認められていない実情があって、絶えずスポーツの「興行」としての要素、短期的な利益につながるような計画の前には無力な存在となってしまう実態があるのでしょう。
あまりに脆弱な日本社会のスポーツ環境

私は畔蒜さんの持たれているような視点が、何も陸上競技に限らず、あらゆるスポーツ界が共通して持っておくべき視点であると思います。
サッカー界でも「Jリーグを開催するような新スタジアム建設」の話題が常に一定の盛り上がりを見せるのに対して、その裾野に存在しているサッカーマンが置かれている環境はあまりに脆弱で、例えば東京都などはそれが東京都1部リーグであっても、公式戦を千葉県や埼玉県で開催せざる得ないほど、枯渇したプレー環境があるわけです。
東京都1部でそうなのですから、東京都4部はもっと酷い環境にありますし、そうしたリーグ戦に参加出来ないような草サッカーチームなど活動場所を確保しようもないくらいな状況で、そういう実態があることで、多くの人々が社会人になった途端に一切ボールを蹴らなくなってしまう悲しい現実も存在しています。まるで、スポーツをすることが学生時代だけの特権であるかのようにです。
これではJFAが推し進めようとしている「グラスルーツ」も、陸連が推し進めようとしている「ウェルネス陸上」も机上の空論でしかなく、結局のところスポーツはそれを食い扶持にしている一部の人たち(チーム、選手や協会、連盟など)だけのモノであり続けてしまいますし、そうであり続ければ間違いなく先細りしていく未来が待っている。
「裾野を広げていくこと」
畔蒜さんを批判しているサッカーファンの方々がこうした視点をお持ちであれば、彼が発した言葉の些末部分に必要以上に食いつくこともなかったろうと思いますが、恐らくは「平成時代はサッカーに完全に負けた」「Jリーグってそれほど盛り上がっていない」「サッカーを叩き潰したい」といった言葉から、誤って「敵意」のようなものを感じてしまっているだけか、或いは約80分に渡るこの番組の全てを聴くことをせず、見当違いな反論をしているに過ぎないように思います。
確かに畔蒜さんの言葉選びは少々エキセントリックな部分もありましたが、その本意が理解出来ていれば、彼が陸上競技だけでなく日本のスポーツ界全体に違和感を覚えていて、中でもマイナースポーツの中では比較的おカネが集まっているサッカー界が少々突っ走り気味になる様子が見られるからこそ、そこに「待った」をかけたくなっているのだと理解出来ます。
これを「日本陸連の人間がサッカースタジアムは不要、陸上スタジアムが必要と言っている」と取り批難しているツイートも沢山目にしましたが、これはあまりに偏った受け取り方だし、スタジアム建設を巡ってサッカー界と陸上競技界が綱引きをしているかのような構図で理解されてしまっている方が多いのには、本当に残念に思うわけです。
代々木の新スタジアム建設構想や、長崎の新スタジアム、京都亀岡にもうすぐ完成するサッカー専用スタジアムの話を知っているサッカーファンであっても、JFAが取り組み一定の成果を得ている都道府県フットボールセンター整備助成事業(いわゆるフットボールセンター構想)の存在を知らない方は多いでしょう。
「1人のスーパースターを発掘するために裾野を広げていく」のではなく、「裾野を広げる」これ自体を目的化していくこと。
陸連の「ウェルネス陸上」理念が成果を出すのは2040年とされているように、直ぐに何かを生み出せる取り組みではありませんが、持続的にスポーツが人々の寄り辺となっていく為には、絶対に避けてはいけない道であると私は思うのです