私はこのブログ記事を書いたことが大きなきっかけとなって、安彦考真選手と直接会いお話をする機会を持ちました。
以降、練習場や試合会場で安彦選手への取材を継続していく中で、その人間像、見つめている世界観など、最初に私が抱いていた印象は大きく覆されてきました。
ただ、安彦考真という1人の男と遭遇し、その時に抱いた率直な思いが、決してポジティブなもので無かったからこそ、安彦選手が何を伝えようとしているのか、それを必死に理解しようと思えてもいるのです。
だからこそ、その出発点となった、このブログ記事は今後も公開していこうと思います。
2020年1月25日 毛利龍
J3ってなんなん?
「それにしても大学サッカー部強いなぁ」
と、「天皇杯への道トーナメント」が行われた浦安と平塚でそれを痛感させられたのですが、その「大学サッカー部強いなぁ」という感想とは別に、これもまた改めて考えさせられたのが
「J3ってなんなん?」
という兼ねてから抱き続けてきた疑問についてなのであります。
「J3ってなんなん?」
と書いたものの、もちろん「J3リーグ」というサッカーリーグがこの日本に存在していること、カタチ的にはJ2リーグの下位リーグでありながら「JFLと同等」なんて扱いもされていること、普通の人が思い描くプロサッカーとは大きくかけ離れ所属選手の多くがサッカー1本では生活を成り立たせることが出来ていないこと、どのクラブも経営に瀕していて3000人の観客をスタジアムに集めることにすら苦慮していること、リーグ加入枠が未だ埋まっておらず当面はそこから降格する事態にはなり得ないこと…
あれ?「なんなん?」とか言っている割には、、、ですかね。
いや、全然わかっちゃいないんですよ。
このリーグが「J2より上」に昇格するために存在している機関であるのか、このリーグで戦うこと自体に価値も意義もあるものなのか。
まあそんなことを言いだせば、JFLだって地域リーグだって、それこそJ2リーグだって、つまりこの国のトップオブトップであるJ1リーグを除いては「昇格するぞ!」という価値と意義だけが異常肥大して、そこに至るまでが修羅の道であるかのような、そう認識をされてしまうことも多いわけで『今そこにあるサッカーを愛せ※』というガリガリに痩せた革命家の名言が未だ新鮮に響いてしまう実情、これこそが「カテゴリーを愛せない」日本サッカーそのものを表してもいるのです。
0円Jリーガー 安彦考真選手
と、少々説教臭い雰囲気になってしまったので、気分を変えて。
「J3ってなんなん?」
という私の疑問。これを最近ことさらに強く感じさせている1人のサッカー選手がおりまして、その選手こそが現在YSCC横浜に所属している安彦考真(あびこたかまさ)選手なのであります。
実は私、安彦考真選手のことをこのブログで書くのをこれまで避けておりました。
クラウドファンディングで支援者を募り、40歳にしてJリーガーを目指すという挑戦を実現させた選手であることをご存知の方も少なくないと思いますが、2018シーズンは水戸ホーリーホック(J2)、2019シーズンはYSCC横浜(J3)で、クラブから報酬を貰わない「0円Jリーガー」として所属しながらプレーするこの選手を私はどう評価すればいいのか、その判断をつけることが出来ず、少なからず関心は持っていながら、それを意見として書く自信がなかったのです。
「プロサッカー選手」
この言葉の定義をどう考えるか。
様々な意見をお持ちの方がおられるとは思いますが、この言葉を定義するとすればそれは
「所属クラブから報酬を受けていること」
であると私は考えます。
何故なら、サッカーはチームスポーツで、選手ひとりひとりの目標や野望が合わさって「チームの目標」が出来上がるのではなく、基本的に「チームの目標」が常に先に立つと思うからです。
つまり選手たちは自らのエゴをある部分では抑え、ある部分ではチームの目標にコミットさせる必要が生じるわけで、その強制力を発揮させる唯一の仕組みが「報酬の受給」であると思うのです。
言ってみれば、プロサッカー選手とは「報酬」を担保に、自らのスキルを「チームの目標」に最大限発揮する宿命を持っていて、そこで発揮されたスキルが評価されるべき。
こう考えていくと「0円Jリーガー」という概念は、レア中のレアであって欲しいし、もし仮に半分以上の選手が「0円Jリーガー」というチームが現れたとして、もはやそのクラブは「Jリーグクラブ」をうたってしまっていいのかと、そうも思うわけです。
今後0円Jリーガーは増えてくる ?
ただ、安彦選手のように、40歳になるまでプロ経験が無いどころか、アマチュアとしても継続的にプレーしてこなかった選手が無報酬とは言え「Jリーガー」になるというストーリー。
こんなストーリーを同じように歩もうとする追随者は現れないと思っていましたし、そもそも当の安彦選手が「Jリーガー」になってしまえば、このストーリーはエンディングに向かうと思っていたので、先に書いたような「プロサッカー選手の定義」なんていう小難しい話を考えることも無かったのですが、晴れてと言いますか、驚くべきことにとでも言いますか、安彦選手がとうとうYSCC横浜の選手としてJ3リーグに出場したというニュースが飛び込んできた頃に、安彦考真選手本人がTwitterでこんなつぶやきをしていたのです。
「低価格で高機能なJリーガー」 今後0円Jリーガーは増えてくる。でも安いだけじゃ意味がない。その0円Jリーガーはどんな機能を備えているのか。自分の価値の作り方は普段から浪費や消費と考えず”投資”と考えること。生き様を投影できる場所こそがサッカーなんだ。投資とは価値を時差で作ること。
はっきり言って安彦選手のこのツイートの後半部分、「機能」とか「価値の作り方」とか「浪費や消費と考えず投資」とか「投資とは価値を時差で作ること」とか、この辺についてきちんと理解出来ているわけではありません、ただ冒頭の「今後0円Jリーガーは増えてくる」この一節がどうしても気になったのです。
「0円Jリーガーが増えてくるってどういうこと?」
「安彦選手は『0円Jリーガー』のパイオニアになろうとしているの?」
その際は私も反射的に
いやいやいや。 「0円Jリーガー」が増えていくのを受け入れてちゃダメです。 ちゃんとサッカー選手として生活出来る世界がJリーグに存在してくれていないと、その下位カテゴリーのサッカーは成立すら危うくなってしまう。 安彦さんは安彦さんで頑張ればいい でもその手法を総論的に語らないで欲しい。
というコメントをつけ、安彦選手のコメントをリツイートしてしまったのですが、よくよく考えてみれば私は安彦選手がプレーしているところはおろか、ボールを蹴っているシーンもロクに見たことが無かったことに気づき、先ずはそれを見てみないことには、これ以上「0円Jリーガー」について自らの考えを深めることも出来ないなと思い、その機を伺っていたのです。
安彦考真選手 そのプレースキル
それがひょんなことから神奈川県サッカー選手権準決勝を戦うYSCC横浜の試合を取材することとなり、その試合でベンチ入りしていた安彦選手が後半15分に交代出場し、約30分間、目の前でそのプレーを見続けるというチャンスを思わぬタイミングで得ることが出来てしまいました。
2トップの一角として出場してきた安彦考真選手は予想以上に存在感のある選手でした。
味方、相手、レフリーを問わず、常ににこやかにコミュニケーションを図る姿は「サッカー選手として生き続け40歳を迎えた男」には備わっていないような、高い社会性を感じさせましたが、ことプレーに関しては悪目立ちと言いますか「サッカー部の試合にサッカー好きで愛想のいい野球部員が混じっている」ように私には見えてしまった。
安彦選手はこの試合でボールに触れる機会が3度あり、そのいずれもがゴールに背を向けてのワンタッチプレーで、彼がどの程度のボールテクニックを持っているのか、それを測るのはなかなか難しくもあったのですが、それ以前に身体の使い方、身体のしなやかさ、スピードの緩急、そうしたこのカテゴリーの選手たちが当然備えているような要素はほとんど感じることは出来ませんでした。
つまり安彦考真選手は普通で考えればJリーグでプレー出来るようなスキルを持った選手ではなく、それを関東大学リーグ1部相手の天皇杯予選の試合ではありましたが、確認することが出来たと言うことです。
「0円Jリーガー」はJリーグ側のメッセージか?
では何故、安彦選手は自らの歩む道「0円Jリーガー」が今後増えていくと言っているのか。
安彦選手はかねてから「自分はピッチ上のプレーを評価されてJリーガーになれたのではない」と公言していますが、それじゃあ安彦選手のような「ピッチ上のプレーで評価されない選手」がJリーグにこれから増えていくということなのか。
ここからは推論なので、話半分で読んでいくださいね。
私はこの「0円Jリーガー」という概念、これは恐らくJリーグ側が出しているメッセージであるのだと、そう思っています。
今回も触れましたが、J3リーグで戦っている選手の多くがサッカー1本では食べられていません。
中には最初からアマチュアとしてプレーしている選手もいますが、プロ契約をしている選手もその報酬は僅かである場合も多い。
これはひとえに、J3というリーグ自体、そしてそこに所属するクラブが、経営体として決して恵まれた状況にはないことがそのまま影響しています。
例えJ3であっても、観客が毎試合5000人入って、それに伴いスポンサー収入も支援者も増えれば、所属選手に対する待遇を向上させることは十分できるはず。
でも、実際にはそれが非常に難しいし、むしろその恵まれていない状況がJ2にすら広がってしまっている。
それでもJリーグとしては、リーグそのものを消滅させることは絶対に避けなくてはならない。
そこでこれまでとは違ったルートでJリーグを資金的に支える方法を構築しようとしているのではないか。
しかしこれはある意味で経営上の苦難に喘ぐJクラブに対し「先の見えないトンネル」に居続けろと言っているのも同義なのです。
そこで生まれてきたのが「0円Jリーガー」という概念ではなかったかと。そう私は思うわけです。
0円Jリーガープロモーション
「0円Jリーガー」であれば、クラブはその選手を所属させる上で取らなくてはいけないリスクが格段に抑えられます。
そしてその「0円Jリーガー」の生活を直接金銭面で支えるのは、クラブではなく安彦選手も恐らくそうであるように外部の個人スポンサーとなるのです。
もしこの推論がそこそこ的を得ているとすれば、安彦考真選手はJリーグがこっそりと推し進めようとしている「0円Jリーガープロモーション」のアイコンなのでしょう。
最初からそれを意図して安彦考真さんに「40歳でJリーガーに挑戦」させたのかは分かりませんが、結果として「0円Jリーガープロモーション」にこれほど最適な人材は他にいない。
ただ、仮にこの「0円Jリーガープロモーション」が広く受け入れられてしまった場合、私はその将来に大きな危惧を抱いてもいます。
先で「プロサッカー選手の定義」として所属クラブから報酬を得ていることを挙げ、そうであるから選手たちは「チームの目標」に自らをコミットさせる必要が生じてくると書きましたが、「0円Jリーガー」ばかりになれば、この理屈が通用しにくくなる。
クラブに代わる存在として金銭面で生活を支えてくれる人や組織、「0円Jリーガー」達がそちらを向いてプレーしないとは断言出来ないでしょう。
もちろん、Jリーガーの中にはクラブからの報酬以外に個人スポンサーを抱えている選手も少なくありません。
ただ、そうした選手たちが個人スポンサーを獲得出来ているのは、基本的にクラブから評価されていること、これがベースになっているわけです。
プロサッカー選手は個人事業主と言われたりもしますが、それはあくまでも財務や税務上の側面を指していることが多い。
結局のところ、サッカー選手は「チームとともに躍動する姿」を見せないことには、クラブから正当な評価も得られないし、年俸を上げたり契約条件を改善させたり出来ない。
それが「0円Jリーガー」の場合、極端な話クラブからの評価は二の次でも良くなってしまうかも知れません。
本当に「J3ってなんなん?」
繰り返しますが、これがレア中のレアであれば大勢に影響はありません。Jリーグを見回してもただ1人、安彦選手だけが特別に存在しているくらいであれば大騒ぎするような話でもない。
ただ、リーグそのものの価値を高める働きかけも大してしないままに、リーグ、そして所属クラブの経営的な行き詰まりの打破策として、或いは現状を何とか温存してく為に、Jリーグクラブの負担減を狙って「0円Jリーガー」という概念を広めていこうという動きがあったとすれば、これは本当に由々しき事態だと、私は思います。
プロリーグをうたいながら、所属選手には報酬も支払わず、その上、選手たちが「チームのため」ではなく「クラブ以外の支援者」に向いたプレーをしている。
こんなリーグになってしまえば、そこに魅力を感じる人は現在以上に少なくなってしまうのではないでしょうか。
「0円Jリーガー安彦考真選手」が、自らのために戦い続けること、これを純粋に応援する人がいることは理解出来たとしても、彼のスタイルを今後Jリーガーの新たな在り方として広めていこうとする動き、これについては注視していく必要があるかも知れません。
いや、本当に「J3ってなんなん?」
※「今そこにあるサッカーを愛せ」
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