期待と不安が渦巻く開幕戦
開幕戦。
確かにこの試合での勝敗が、その先も続くリーグ戦に少なからず影響を及ぼしてしまうという捉え方も出来るでしょう。
だからこそ、この試合がリーグ戦の中の1試合であるのにも関わらず、チームもクラブも、そしてファンやサポーターでさえも、それを迎えるのに幾ばくかの緊張感を抱いてしまうのかも知れません。
選手であれば
「これまでに積んできたトレーニングの成果をしっかり出すことが出来るだろうか」と期待感が不安に押しつぶされそうになり
クラブ関係者も
「今シーズンこそは掲げた目標を達成できるシーズンになろのだろうか」と期待感が不安に押しつぶされそうになり
サポーターも
「戦いに勝てるだけのチームに仕上がっているのだろうか」と期待感が不安に押しつぶされそうになる。
そこに関わる誰もが「最高に上手く行ったケース」を想像し期待感を持ちつつも、その一方で「最高に上手く行かなかったケース」が不安感となって押し寄せてくる。
だからこそ、リーグ戦のスタート、真っ白なキャンバスを前にしたとき、人は過度な緊張感に襲われてもしまうのでしょう。
ただ、これがもし逆であったのなら。
つまり「期待感」の方が「不安」よりも遥かに大きく持つことが出来ていたのなら。
人は「過度な緊張感」ではなく「期待に胸を躍らせるようなワクワク感」を抱くことが出来るのかも知れません。
1日も早くその日が来て欲しいと思えるような、子どもが運動会や遠足までの日数を指折り数えて楽しみにするような、そんな心理。
大人になると余計な心配事ばかりが先に立ってしまいがちで、「期待に胸を躍らせるようなワクワク感」なんてなかなか感じられなくなったように思いますが、私がこの日、市原で感じたものは、その大人たちが「期待に胸を躍らせてワクワク」している様子だったのかも知れません。
今シーズンのVONDS市原はどうも様子が違う
そう思えたのは、そこにいる人たちの表情からであり、立ち振る舞いからであり、チームから感じられるムードでもありました。
今シーズンのVONDS市原FCはどうも昨シーズンとは様子が違う。
お客さんの数も、飲食コーナーに来ているキッチンカーの数も、スタジアムで迎えて下さるスタッフの人数も、そしてこの試合を取材しにきている人の数も、それらについてはほとんどと言うか、全くと言っていいくらい変わった様子はないのですが、じゃあ何が変わったかと言えば、そうしてそこにいる人たちの表情が総じて明るいこと。
その表情の明るさはピッチ上でウォーミングアップをしている選手たちも同様で、これまで他の会場で感じてきた「開幕戦を前にした緊張感」が、VONDS市原の選手たちからはほとんど感じられないのです。
そしてその他では感じられなかったチームのムード、この源がどこにあったのか、私は彼らの開幕戦「対桐蔭横浜大FC」を見たことでそれを少しだけ理解出来たような気がしたのです。
シンプルな狙い。迷いのないチーム。
今シーズンのVONDS市原FCは、一言で言えば「実に潔い(いさぎよい)」サッカーをするチームだという印象を私は開幕戦で持ちました。
相手のボールを奪うと、それを素早く前線のターゲットマンに送る。
そうして前線に送られたボールをキープしながら、二列目を絡めゴールに迫る。
高い技術力を誇る桐蔭横浜大FCを相手に、VONDS市原は実にシンプルで、実に迫力あるサッカーを展開し続けました。
そしてその狙いがシンプルなだけに、それぞれの選手に迷いも感じられない。
迷いがないからこそ、ピッチ上でも選手たちが非常によく話す。
この試合を記録上で見れば非常に拮抗した試合内容であったと判断されるでしょうし、実際に試合結果も2-1という僅差でVONDS市原が勝利したに過ぎません。
しかしそういった客観的事実がどうでも良くなるくらいに、ピッチを躍動するVONDS市原の選手たちが魅力的に私には見えていました。
そしてその中心にいたのは、紛れもなくあの山岸智選手であったように思います。
山岸智の躍動
昨シーズン開幕時期に山岸智選手がこの地域リーグクラブにやって来ることが分かった時、おそらくそれを知った多くの人々が「驚き」とともに言い知れぬ「違和感」のようなものも感じていたはず。
日本代表経験も持つJリーグのスター選手でもあった山岸選手が、このカテゴリーでプレーすることで満足出来るのか?
もちろん、そんな素晴らしい選手がやってきてくれるのは嬉しいけれど、あまりのギャップに失望させてしまうんじゃないか。
私自身、VONDS市原のファンでもありませんし、市原市民でもない。
それでも少なからず地域リーグに関心を持つ者として、あまりに眩しい存在が突然にして目の前に現れてしまったことで、狼狽してしまったのは事実。
実際昨シーズンの山岸智選手を思い出すと、どこか「自分の居場所」を見つけられていないような、戸惑いつつプレーしているような、そんなムードが常に漂っていた気がします。
そんな「自分の居場所」が見つけられないように見えた、戸惑いつつプレーしているように見えた、山岸智選手が、今シーズンはVONDS市原FCをキャプテンとして率いている。
そしてチームの新しい指揮官フラビオ監督のもと、与えられたポジション、2トップの一角を全うすべく、非常に活き活きとピッチ上を躍動しているのです。
(試合後、山岸選手お話を伺うとFWとしてプレーするのは、ジェフユースからトップ昇格した時以来とのこと。新鮮な気持ちでも取り組めているそう。)
完成形ではないにしても
チームの中で飛びぬけた経験と実績を誇る山岸智選手がこれほど活き活きとサッカーをしていれば、それは間違いなくチームにプラスの作用をもたらせるのでしょう。
昨シーズン鳴り物入りで加入しながらその実力を十分に示すことの出来なかった池田晃太選手は山岸選手の相棒としてこれ以上ないほどの活躍をしてみせ、野田卓宏選手は昨シーズン以上に楽しそうに中盤でボールを「狩り」まくり、二列目から攻めあがる峯勇斗選手は常に笑顔でプレーしているようにさえ見えた。
新加入選手も藤井竜選手(鈴鹿アンリミテッド→)をはじめとして、どの選手もがチームのベクトルを十分に理解した上で、そこに迷いなく進んでいるように見えました。
シーズンの初めで、まだその完成度が高いとは選手たちも思っていないはずですが、それでもそれぞれの選手が自分の役割、自分の居場所を見出し、その位置からチームの戦いに加わっている。
これはVONDS市原FCのクラブスタッフの方々にも同様の様子が感じられましたし、サポーターの方々もそうであったように思います。
ピッチ上で戦っているチームと同じように、まだまだ不足している要素は山積みでありながらも、同じ方向を見つめているからこそ発揮出来る強みと、そこから生まれてくる明るさ。
完成形ではないにしても、そこに触れることで幸せな気持ちや楽しい気分になれるような存在。
今シーズンも関東リーグを戦うVONDS市原FCが、そうなっていく可能性があるのかも知れない。そう強く感じさせられた2019シーズンの開幕戦でした。