品川CC横浜(神奈川1部)が創り出す「社会人サッカー選手に対する雇用斡旋ビジネスモデル」

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「品川CC横浜(神奈川県リーグ1部)のサポーターが何だか楽しそうだ」

そんな情報を見聞きしたことがきっかけとなって、彼らのリーグ戦を取材しに行ったのが昨年の8月。

そこでクラブの吉田祐介GMとも知り合い、11月に行われた「関東リーグ昇格チーム決定大会」関東社会人サッカー大会で、彼らが悲願の関東リーグ昇格を逃した試合も、私は取材者としてその場にいることが出来ました。

関東社会人サッカー大会準決勝。

この試合に勝利すれば昇格が叶うという状況で行われたCriacao Shinjukuとの激戦は、品川CC横浜というチームが関東リーグで戦うのに十分な実力を持っていること、それを戦力の面からも、支えるサポーターたちの姿からも強く感じさせる試合でもありましたが、その一方でこのクラブが放っている一種独特なムード。なかなかこのカテゴリーでは感じることの少ない「垢ぬけた」雰囲気。

何故そんな風に感じられるのか、それを自分の中で答えが出せないままになっていましたが、、、

年が明け、吉田祐介GMがゲスト出演していたネット配信番組(土曜どうでしょう)をたまたまYoutubeで視聴した時に、そのヒントを得たように思えたのです。

約50分間の番組の中でほんの一瞬ではありましたが、吉田GMの一言

「月から金までちゃんとサラリーマンの土日アスリートっていうのをちゃんと体現するクラブを作りたい」

これを聞いたことによって、私の中にあった「品川CC横浜像」が、急に肉付けされていくような感覚を覚え、ボンヤリとではありましたが、この吉田GMの言葉の中に、品川CC横浜から感じられる「一種独特なムード」「垢ぬけた雰囲気」の理由があるように思えてきたのです。

そこで、、、、新シーズンに向けて始動した品川CC横浜の練習場にお邪魔し

「月から金までちゃんとサラリーマンの土日アスリートっていうのをちゃんと体現するクラブを作りたい」

が一体どんなものであるのか、それを確認するべく取材して参りました!

今回はそれを吉田GMをはじめ山内貴雄新監督、選手たちに伺ったお話をもとにレポートしていきます。

古巣と対戦して自分の「今」を肯定したい

東名高速横浜青葉インターを下りてすぐの場所にある谷本公園は、品川CC横浜が神奈川県リーグで「ホーム」としても使用している人工芝のサッカー場。

小さいながら観戦するためのスタンドも備えられていることからも「楽しそう」なサポーターグループも存在する品川CC横浜にとって、このサッカー場は申し分の無い環境と言えるのだろう。

始動したばかりのチームは、その「現在地」を計るため、全選手に持久走の計測が課せられていた。

YOYOテストと呼ばれているこの計測トレーニング。

直線20mの往復ダッシュを5秒間の休息を挟んで行い、本数を重ねるごとに走行スピードを上げていくことが求められ、制限時間内で走った距離が計測されるわけだが、途中、決められたラップタイムで鳴るシグナル音に2回間に合わないと脱落させられるという、かなりハードな計測トレーニングでもある。

これを日本代表クラスが行うと平均で1600mの距離を走れるのに対し、品川CC横浜が現在所属しているカテゴリー(神奈川県1部)の社会人選手が行うとその平均距離は800m。つまり日本代表クラスの半分となる。

『うちにはJ3でやっていた選手もいますけど、多分彼らは天皇杯予選でSC相模原やYSCC横浜と対戦したいと思っているはずですよ』

リーグの開幕が4月以降となる神奈川県の社会人チームにとって、直近の公式戦は県の天皇杯予選でもある神奈川県社会人サッカー選手権。

そこで優勝をすることが出来れば、J3チームも参戦する天皇杯神奈川県予選への出場権を得ることが出来る。

「やっぱり古巣と対戦してみたい気持ちが強いんでしょうかね」

そんな私の言葉に対して、吉田GMはこう言い切った。

『それもあるかも知れませんが、彼らは古巣と対戦することで、自分の「今」を肯定したいんだと思います』

彼らは何故、品川CC横浜でプレーしようと思ったのか

4番が岩壁裕也選手(2019年11月関東社会人サッカー大会準決勝)

品川CC横浜のDF、岩壁裕也選手は横浜出身。横浜F・マリノスユースを経て東海大学へ進学、卒業後YSCC横浜に加入し、1年間「Jリーガー」としてプレーした経験を持つ。

『YSCC横浜時代は毎日練習をして、それだけではもちろん食べていけないので、アルバイトでサッカースクールのコーチをやっていましたが、そんな生活を送っていくうちに、Jリーガーとしての将来がだんだん見えなくなってきてしまって…』

Jリーガーと言えば聞こえはいいが、現在J3でプレーしている選手の多くはサッカー選手としての収入だけでは生活が成り立たない。

YSCC横浜の選手は岩壁選手同様にサッカースクールのコーチをしているケースが多いようだが、時に「toto」の対象となる試合を戦っている選手が、サッカー選手としても、社会人としても、明日をも知れぬ身にあると言ってもいいのだ。

Jリーガー岩壁裕也選手が将来に不安を抱く一方で、かつてマリノスユースで共に戦った仲間たちが社会人としても自立し、サッカーにも真剣に取り組んでいる姿があった。

岩壁選手がそれを品川CC横浜の試合を観戦した際に知ることとなる。

14番が寺田弓人選手(2018年11月関東社会人サッカー大会)

寺田弓人選手は、星稜高校で高校サッカー選手権決勝の舞台も経験し、その後進学した日本体育大学サッカー部の寮では、現在レノファ山口でプレーする高井和馬選手とも同室だった。

『僕はサッカーを大学まででやめようと思っていたのですが、就職活動する中で吉田GMと出会って、品川CC横浜でならやってみようかなと、考えが少し変わりました』

2人は現在同じ会社に勤め、入社初年度にしてともに非常に優秀な業績をあげ始めているという。

岩壁選手は『社会人としてちゃんと稼ぐことでサッカーにも集中できている』と語り、寺田選手は『GMから名刺に「副業サッカー選手」ってどうだ?って言われてて、それを目指してます』と語る。

つい1年前まではサッカー選手としての自分に「見切り」をつけかけていた2人の若者が、今はそんな過去が無かったかのように品川CC横浜でプレー出来ることを楽しみ、社会人としても成長し充実感が漲っているように見える。

社会人サッカー選手に対する雇用斡旋ビジネスモデル

『僕はマリノスのサポーターで、選手にサインをもらう為に出待ちするような少年だったんですが、30歳を過ぎる頃になって当時憧れていた元選手たちに出会ってみると、社会に出て困っている様子が見て取れて、なんだか悲しくなりました。そして自分がそんな日本サッカーの実情を変えなくちゃとそう思ったんです』

前職で人材派遣ビジネスに携わった吉田GMが取り組んだのは「社会人サッカー選手に対する雇用斡旋ビジネスモデル」品川CC横浜において実践することであった。

優秀なアスリートである選手たちに、ビジネスマンとしての能力も発揮させるべく、GM自らが企業の採用面接対策まで施し、クラブスポンサーの仲介業者を通して各企業へ売り込む。

それにより、これらスポンサー企業は選手の就職斡旋による売上が生まれ、その結果品川CCへのスポンサードにも繋がっている。

こうして双方にとってwin-winの関係が成立しているのである。

品川CC横浜は着用するユニフォームや練習着、防寒用ジャケットに至るまでの全てをクラブが無償で選手に支給している。

このカテゴリーに所属する社会人チームでありながらそれを実現出来ているのは、ユニフォームサプライヤー、クラブスポンサーの支援によるものであるが、それを下支えしている「優秀な人材を企業に送り出す」このビジネスモデルが成立していることが大前提として存在している。

『地域リーグレベルでも、個人が私財を投げうってクラブ経営がされているケースも少なくないと思いますが、僕はそこにこだわりがあって、クラブ運営費に私財を投入することは一切しないようにしている、仮に僕が急にいなくなってしまったとしても、続けられるクラブでありたい。その為には持続可能なクラブ経営のスタイルを構築する必要があります』

前出の岩壁選手も寺田選手も、サッカー選手としての経験値は申し分なく、このカテゴリーでプレーしているのが不思議なくらいの実績を持っている。

しかしそんな2人の選手が敢えてこの県リーグ所属チームを選んだ理由が、吉田GMの作り上げた「社会人としての可能性も見いだすことが出来るクラブ経営のスタイル」にあったとしても当然のことなのかも知れない。

実際、吉田GMはこうも話してくれた。

『こうしたクラブ経営のスタイルを作ったのには、もちろん品川CC横浜というクラブの特色を出したいという理由も根底にはあります。そして実際にそれが強みになってきている実感もある』

サッカーでもビジネスでも一流のひと

2019シーズンから品川CC横浜の指揮を執ることになった山内貴雄監督は、吉田GMが望む理想のサッカー選手像がそのまま体現されているような経歴の持ち主。

セレッソ大阪で2年間Jリーガーとしてプレーした後、ヴィッセル神戸強化部でスカウトを担当。

『Jリーグで指導者としてキャリアを積んでいくよりも、より広い視野を持ってスポーツビジネスの世界で影響力を発揮できるような人間になりたかったんです』

そんな思いから、リクルートキャリア社に転職。Jリーガーのセカンドキャリア支援事業にも携わり、現在までに複数のエリア統括責任者になるなど、活躍の幅を広げてきた。

ただし彼はこれまでにサッカーチームの指揮を執った経験を持ってはいない。

『品川CC横浜の監督は、サッカーでもビジネスでも一流である必要性を感じていて、僕がそう思える人は「貴雄さん」しかいなかったんです』

吉田GMは「監督経験のない監督が今シーズンのセールスポイント」と公言しているが、その裏ではこうした「クラブが目指す社会人アスリート像」にこだわり抜いた強い姿勢も感じられる。

僕は結構心からサッカー界を良くしたいと思っている

神奈川県サッカー協会社会人部会のWEBページ。斡旋仲介業者のバナーが大きく掲示されている。

『ビジネス的には僕らがこの経営モデルを独占してやるのが正しいのですが、僕は結構心からサッカー界を良くしたいと思っているので、そのノウハウもどんどんオープンにしています』

品川CC横浜は自らが所属する神奈川県サッカー協会社会人部会と提携し、この「社会人サッカー選手に対する雇用斡旋ビジネスモデル」を神奈川県社会人リーグ全体で実施出来るシステムの導入にも協力した。(県リーグ所属選手の雇用斡旋によって上がった収益を元に、県リーグへのスポンサードを実施している)

聞くところによるとこのシステムが導入されたことで、神奈川県の各社会人チーム運営費用が軽減されてきているそうだ。

『僕はもともとゴール裏サポーターですし、昨年もW杯で日本代表を応援する為ロシアまで行きましたけど、やっぱり世界中から「日本サッカーは強いな」って思ってもらいたい気持ちも強い。そしてそうなる為には上から(Jリーグ)からではなく下から改革していきたいとも思っています。今クラブが実践している経営手法も、それがロールモデルになって波及していくことで「日本サッカーってアレをきっかけに変わっていったよね」そうならないかなと』

社会人サッカー選手がYOYOテストで持久力を計測すると、その数値は日本代表選手の半分であるのかも知れない。

しかしひとりのサッカーマン、ひとりのビジネスパーソンとしての持久力がJリーガーの半分であるわけではない。

いや、半分どころか日本代表選手の何倍もの持久力を誇る社会人サッカー選手が出てきてもなんの不思議もないし、それを次々と生み出すシステムが社会人サッカーの世界にあれば、こんなに素晴らしい話はないだろう。

後記

Jリーガーのセカンドキャリアについては日本サッカー界にとって長年の課題でもありますが、その受け皿としての役割を担うことも多くなってきたアンダーカテゴリーサッカーの世界。

しかし残念ながら、アンダーカテゴリーの社会人サッカーを取り巻く環境も決して全てが幸せに包まれているわけではありません。

クラブの経営規模を大きくしていったり、影響度を高めていこうとするクラブの多くが「上位カテゴリーへの昇格」を標榜する中、それが数年果たせなかっただけで、クラブ存続が困難になってしまうケースすらあります。

「持続可能な社会人サッカービジネスモデルを作りたい」

品川CC横浜、吉田祐介GMはクラブ経営のプライオリティをここに置きながらも

「JFLまでであれば、このスタイルでイケるんじゃないかと思ってるんです」

とまで語ってくれました。

Jリーグで育った青年が、日本サッカーを少しでも良くしていきたいと思い続け、それが今、6部に相当する県リーグ1部のカテゴリーでひとつの方向性を提示するまでになっている。

そしてそれを突き動かしているのは、サッカーに対しての潰えぬ憧れであり、サッカー界に対する真摯な姿勢であるように感じました。

最後に、練習終了後の貴重なスタッフミーティングの時間を割いて、取材に応じて下さった品川CC横浜、山内監督、岩壁、寺田両選手をはじめ、クラブの全ての皆さまへ感謝申し上げます。

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