そもそも日本代表についての報道はサッカーファンに向けられたモノではない

コラム

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世界に繋がっていないアジアカップ

今年はアジアカップイヤーということで、正月気分が「抜けきるか抜けきらないか」くらいの時点から、我が日本代表チームはUAEで

「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」

に突入しているわけですが、今回のアジアカップにまつわる報道について、どうも釈然としないとでも言いますか、何ともスッキリしない感じにさせられてしまっているのは、このアジアカップが「世界に繋がっていない大会」であること、つまり前回大会までは優勝チームが出場権利を得ていたW杯プレ大会「コンフェデレーションズカップ」が無くなってしまったという事実、この割と重要なポイントについて、少なくとも地上波で今大会を中継しているテレ朝が全然積極的に触れようとしていない姿勢を感じるからなのです。

コンフェデレーションズカップと言えば、各大陸王者とW杯開催地でW杯前年に戦える機会として、サッカーファンならずとも結構な注目を浴びてきた大会だったと思いますし、前回までのアジアカップではその「煽り文句」の中で、枕詞の如く「アジア王者としてコンフェデレーションズカップに・・・」みたいなセリフは乱発されていたと記憶していますが、まあ大会自体が無くなってしまったので「触れようがない」と取ることも出来なくはないものの、やっぱりコンフェデが無くなったことをよぉ~く知っているサッカーファンの方々からすれば、その姿勢に対してどうしても不自然さというか、意図的に触れないようにしているんだろうなぁ、と言った感情が生まれてきてやしませんか?

ニッポンチャチャチャ!情報統制

で、何となくですけど、スッキリしない、ともすれば「不快感」すら感じてしまうのは、私が思うに「アレ」を彷彿とさせるからなんですよ。

「アレ」ですよ「アレ」

ジャニーズが出てくる「アレ」ですよ。

そう「バレーボール」のW杯とか世界選手権とか、しょっちゅう日本で開催されていて、全日本戦だけ全試合中継しているじゃないですか、あのバレーボール日本代表の報道姿勢に、今回のアジアカップ報道が若干シンクロしてしまっているんです。

私、バレーボール世界大会での報道姿勢を「ニッポンチャチャチャ!情報統制」って名づけているんですけど、テレビの地上波だけを見ていても日本代表戦以外の試合結果はおろか、その大会が具体的にどんな意義を持っているのか、その最大のポイントすらボヤかして「プリンセスめぐ」とか「パワフルかな」とか連呼してますよね?(ずいぶん古いですか?)

バレーボールの世界的なマーケットの中で日本バレー界が持つ影響力は、世界サッカーにおける日本サッカーのそれとは比べものになりませんから単純な比較は出来ませんし、ある意味であの「ニッポンチャチャチャ!情報統制」も必要悪な部分もあるんでしょうが、やはり普段からサッカーを見慣れた人からしてみると

「で?カメルーンに勝ったのはそんなに凄いことなのか?」とか

「そもそも何で全日本の試合だけいつも同じ時間帯に出来るの?」とか

様々な疑問がすぐに湧き出てしまって、でも試合中継を見ていてもその疑問に対する答えはいつになっても得ることが出来ないから、

「素人だと思いやがって」

みたいな思いが徐々に浮かんできてしまう。

この「素人だと思いやがって」が、コンフェデの消滅を積極的に伝えようとはしない今回のアジアカップ報道姿勢から「ぷぅ~~ん」と臭ってくる。

そもそも日本代表についての報道はサッカーファンに向けられたモノではない

で、この「ぷぅ~~んと臭ってくるアジアカップ報道姿勢」に対してですね、どうしてそうなっちゃうのかと、それを考えていった末に、ひとつ大きな理由を思いつくに至ったわけでして。

それが

「そもそも日本代表についての報道はサッカーファンに向けられたモノではない」

という理由なのでございます。

まあはっきり言って薄々は感づいていたものの、今回のアジアカップで確信に変わりましたね。

でもこの「そもそも日本代表についての報道はサッカーファンに向けられたモノではない」って、よくよく考えれば至極当然なんですよね。

だってですよ、普段からJリーグを熱心に見ていたり、まあ欧州サッカーでもいいですよ、そういうサッカーファン層なんて、絶対数で言ったら取るに足らないものですよ。

一方で、W杯とかオリンピックとか、そういう一大行事の時だけサッカーを見たり、スポーツを見ている人たちの数は、国民の半分くらいはいるかも知れません。

太いメディアになればなるほど、そうした大きなパイに向けた訴求をしなくては生き残っていけませんから、やっぱり「大迫半端ねえ~」は必須になってきます。

だからですね、サッカーファンがどんなに「中島翔哉!堂安律!南野拓実!」と騒いだところで、太メディアは「本田!長友!香川!」で押していきますし、「森保一監督の是非」を論じるよりも「何故香川真司が招集されないのか?」の方が「顧客満足度」を得られると考えるでしょう。

日本代表に詳しくなり過ぎないで欲しい!

香川真司が招集されないのなんて、サッカーファンにとっては不思議でも何でもないことですけど、世間的には「去年のW杯でPK決めたヒーロー」としてまだまだ旬な選手でもあるわけです。

ただ、こうした状況に対して最近は「仕方ない」とかではなく「それでいいや」って思っているんですよねぇ。

日本代表が世界を舞台に大活躍するのって、間違いなく日本全体を揺るがすパワーを持っているとは思うんですけど、じゃあそれがこれまでにどれだけJリーグや国内サッカーに好影響を及ぼしたかって言ったら、なんか思っているほどじゃないかなって。

言うなれば地方都市の祭りのようなもんで、その時だけは人も大勢集まってお金も一杯落としていくけど、それを見越してホテルとか建てちゃっても結局は立ち行かなくなるみたいなね、ほとんど還元されてねえじゃんみたいな、そんな風に思うんです。

「祭り」と「日常」とを分けて考えるというか、それぞれが持つ目的を絡めて考え過ぎるとストレスが溜まる一方だなと。

だって、W杯で「海外組はやっぱり頼りになるわ」ってムードあったと思いますけど、じゃあもっとJリーガーを欧州に移籍させなくちゃとなった時に、現状の春秋制リーグ開催がその障壁なのは明らかで、やっぱり秋春制にした方がいいんじゃね?と、そう話がもの凄い勢いで展開していくかもしれない。

日本代表を中心に見ている人たちからすれば、Jリーグがいつ開催されていようとどうでもいい話ですからね、そういう人たちが日本代表を通してサッカーを知れば知るほど、Jリーグや国内サッカーはあらゆる面でないがしろにされちゃう可能性すらある、何しろ絶対数が多いですから。

だから、日本代表を中心にサッカーを見ている人たちには、あんまり日本代表に詳しくなり過ぎないで欲しい。

「何故香川真司が招集されないのか?」くらいで丁度いいし、コンフェデが無くなったことも知らなくてOK。

もちろん、起爆装置、誘導装置としての日本代表の意義はとてつもなく大きいものですけど、もともとのサッカーファンがそこに多くを求め過ぎちゃうと、日本サッカー全体から見れば、それが「ミスリード」となってしまうかも知れない!!

皆さんも少し「それでいいや」ってなって頂けましたでしょうか?

全然ならない?

もうちょっと伝え方ベンキョーしまーす!!

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