初めて体感する全社、初めて体感する5連戦。

今回の全社(全国社会人サッカー選手権大会)は、私にとって初めて現地で体感する大会でもあった。
それだけに、何としても5日間連続で現地観戦をするつもりであったし、初めて体験する大会であるからこそ感じられる思いを貪欲に追及していきたいと思って臨んでいた。
準決勝の行われた鹿嶋市・北海浜多目的球技場と、3位決定戦と決勝戦が行われたカシマサッカースタジアムでは、報道受付で申請を行いプレスエリアから試合を一眼レフで撮影し、インタビューゾーンでは出場選手や監督の生の声を聞くことも出来た。
カシマサッカースタジアムは言わずと知れた鹿島アントラーズのホームスタジアムで、特にハード面においてはその全てにおいて日本トップクラスの設備を備えているわけだが、そこで行われるのが大会の上位3チームを決定する2つの試合だったこともあって、準決勝まではどこか牧歌的なムードも漂っていたプレスエリアに、地方紙など既存メディアの記者やカメラマンが一気に増えていた。
ピッチに目を向けると、3位決定戦ではいわきFCが3-0でおこしやす京都ACを破り、3度目の挑戦にして初めて「メダル獲得」を果たし、決勝戦では今大会でのそれまでの戦いぶりから、誰もが異口同音に「あまりに強い」と言うようになっていた松江シティFCが、スコアこそ3-2という接戦ながら完勝に近い内容でFC刈谷を退け、悲願の初優勝を果たし11月の地域CLに向けて弾みをつけた。
9月に岡山で見た松江シティFCの強い印象

優勝した松江シティFCについて、こんなにあっさりした書き方ではあまりに失礼なので、今大会が始まる前から私がこのチームに抱いていた印象も含めて、彼らの戦いを少し振り返ってみたい。
私は9月中旬に岡山で松江シティFCの試合を初めて見た時に「このチームは全社出場チームの中でも相当強い部類に入るのだろうな」と思っていた。
こんなことを書いても「後出しジャンケン」と言われてしまいそうだが、そう思ったのにはかなり明確な理由があったのだ。
その試合が行われた週の中国地方は荒天続きで、試合当日もかなり強い雨が降り続け、岡山から山陰に向かう鉄道は完全に運休状態になっていた。
試合会場だった神崎山公園の茶色くなりかけた天然芝ピッチも水を多く含み、そのほとんどが水たまりとなっていて、とてもサッカーの試合をまともに出来るコンディションではなかった。
実際に第1試合では、今回の全社にも出場した三菱自動車水島FCがこのピッチ状態にかなり苦労し、前半に挙げた3点のリードを後半追いつかれてしまうという考えられないようなゲームをしてしまっていた。(対戦相手はリーグ最下位だったデッツォーラ島根)

9月9日 中国リーグ 対NTN岡山戦に挑む松江シティFCスタメン。全社決勝戦とほとんど変わらないメンバーであることに気づく。
そんな荒れ模様のゲームが行われている最中も雨は降り止まず、両チームが戦ったあとのピッチは更に酷い状態になっていたが、そんな最悪のコンディションなどどこ吹く風とばかりに、第2試合に登場した松江シティFCは、まさに今大会で見せていたような洗練されたサッカーをしながら、対戦相手NTN岡山を完膚なきまでに叩きのめしていたのだ。
個々の選手の特徴もしっかりと活かし、第一試合を戦った三菱水島FCがどちらかと言えば「勢い」でゲームを決めてしまおうとしていたのに対して、松江シティは自分たちのいつもの戦いにこだわって勝利することを目指しているようにも見えた。
だから私も、このチームの中心がキャプテンの田平謙選手(背番号31)で、サイドで圧倒的な技術を誇る宮内寛斗選手(背番号8)が常に相手の脅威となっていることも十分に感じることが出来ていたし、その印象は一転して好天に恵まれた今大会の全社においても、ほとんど変わることはなかったように思う。
自然体な監督、自然体な選手たち

このカテゴリーにおいて、彼らは相手がどこであろうと、ゲームの主導権を握る力を持っている。
これは多くの方が同じように思っていることであろう。
そして今大会で彼らが優勝したことによって、松江シティFCが単にサッカーの技術・戦術に優れたチームであるというだけではなく、選手全員が相当にタフなチームであることも証明したようにも思う。
5連戦という過酷なレギュレーションによる負担を少しでも軽減させようと、多くのチームがターンオーバーをしながら戦っていく中で、松江シティは見ているこっちが心配になるくらいに選手を入れ替えなかった。
そのうえ交代もゲームの終盤に少しするくらいで、アディショナルタイムに勝ち越しゴールを決めることになった決勝戦ですら、交代枠を全ては使いきっていなかった。

チームの田中孝司監督は、私が少年だった頃の日本代表チームの主力選手。
国立競技場で行われた日韓定期戦で「田中孝司選手」が決めた強烈なミドルシュートを未だ鮮明に覚えていることを今回ご本人にもお伝えさせて頂けたが、そんな田中監督の言葉を借りれば
「選手が自分たちで解決しなくてはいけない」
そのシュミレーションを全社の決勝戦でも行っていたのかと思うと、このチームの底力に計り知れないものを感じてしまう。
決勝戦を終えたあとも「本当は3試合くらいで帰りたかったんだけどさ」と冗談めかして話してくれた田中監督からは、変な気負いや近寄りがたいオーラが全く感じられず、言葉の端々からも自然体で全社に挑んでいる姿勢が感じられた、そしてそれはピッチ上の選手たちにも同じことが言えたと思うし、彼らは優勝することよりもチームとしての経験値を上げることに重きを置いていたのではないかと思えるほどで、それは優勝を決めたのにもかかわらず、表彰式が終わるくらいの頃にはその興奮もすっかり落ち着き、既に帰りの飛行機の時間を気にする姿を見せていたところにも強く現れていたように思う。
ファンと世間との感覚的な乖離(かいり)

ともあれ、そんな松江シティFCが圧倒的な強さを改めて見せつけた決勝戦だったが、それと同時に私にとって強く印象に残ったのは、最初でも触れたように、この日になって突然に増えたメディアの数についてだった。
そんなのは当然といえば当然なのだが、このカテゴリーを熱心に見ているサッカーファンやチームのファン・サポーターの熱量は、ベスト4の決まる準々決勝までの最初の3日間がピークであったように思えていたし、その後は徐々にトーンダウンしていくのを感じていたのに対し、世間的には優勝チームが決まったり、知名度抜群のいわきFCが3位に入るかどうかの方にしか関心がないことを再認識させられるような事象だった。そして、そうした形でしか既存メディアが取り上げない大会であるからこそ、選手たちに5連戦という異常なレギュレーションを強いる環境も何十年と変わらずに存在してきたのだろう。
ただこうした状況は、どちらが正しいという話でもなく、このカテゴリーのサッカーを盛り上げていく上で、客観的視点を意識することは欠かせない要素でもあり、夢中になればなるほど、世間の感覚とどんどん離れてしまう哀しさを自戒を以て肝に銘じて行こうと思うきっかけであったと捉えたい。

それから最後に惜しくも準優勝となったFC刈谷についての印象をひとつ。
決勝戦が行われたのは火曜日の昼間で、遠方からカシマスタジアムへやってきたサポーターの数は少なかったものの、今大会で最も応援を楽しんでいるように見えたのはFC刈谷サポーターだった。
彼らはとにかくサッカーを良く知っているし、それだけに選手やチームを鼓舞する言葉も絶妙で軽妙だった。
一眼レフを構えながら、彼らの言葉を聞いて思わず声を出して笑ってしまうことも度々で、間違いなくトピックスになり得る存在だったと思う。
11月の地域CLでも、チームは勿論、FC刈谷サポーターにも注目していきたい。