観光都市 京都 タクシーの運転手と
「出来たら1年に4回、その度に1週間くらい京都に来てくれたらと思うんですわ」
キックオフ時間を30分早く勘違いしていた私が、京都駅から西京極へと向かう為に飛び乗ったタクシーの運転手はこう話した。
続けて
「4回っていうのはね、京都は季節によって全然違う顔を見せますから」
日本でも指折りの観光都市京都。
今年に入ってから地方サッカーを見るために何度かの「サッカー紀行」をしてきたが、京都ほど宿泊先を探すのに手間の掛からないところはなかった。
大抵の場合、そこが新幹線の停車駅であるような比較的大きな街であっても、私の限られた予算とギリギリまで決められない日程条件が重なると「ここなら泊ってもいいか」と思える宿を探し出すのは困難なことが多いし、最終的に大きく条件を譲歩して妥協することも多い。
しかしながら、京都に宿を取ろうと決めたのが、そこを訪れる前日であったのにも関わらず、何の苦労もなく京都駅から徒歩5分圏内にある非常にきれいなカプセルホテルを簡単に予約することが出来てしまった。しかも多くの観光地が宿泊客で賑わう土曜の晩にである。
実際に宿へ到着すると、なかなかの賑わいでベッドも希望していた下段を選ぶことは出来なかったが、この京都という町が多くの観光客を受け入れることで成り立っているという実態をこんなところからも強く感じることが出来た。
インバウンドJクラブ
おこしやす京都AC
一聞してユニークなクラブ名。しかしこのサッカークラブの前身は、昨年の地域チャンピオンズリーグでも決勝ラウンドまで進出したアミティエSC京都。いわば全国の社会人サッカーにおける強豪クラブだ。
そんなアミティエSCが2018シーズン開幕を前に、クラブ名称を「おこしやす京都AC」と変更したときは、そのキャッチー過ぎる名前が先行する形でちょっとした話題にもなった。
私自身、最初にこの名前を聞いた時には、何とも言えぬ違和感を覚えずにはいられなかったが、今にして思えばこの「おこしやす」という言葉が、このクラブにとって不可欠な要素であるように思えている。
クラブの公式サイトにも、それについての理念(ビジョン)がはっきり明記されている。
(二)「インバウンドJクラブ」スポーツを通じて京都と世界を繋ぐ
世界的観光都市である京都には、数多くの外国人が興味を持ち、訪れています。世界の共通言語であるサッカーには、より京都の魅力を世界中に発信し、より深く世界と繋いで行く事ができる可能性があると考えています。スポーツを通じて、京都と世界をより深く繋げる事を目指します。おこしやす京都AC 公式サイトより引用
ここでは「京都と世界」を繋げると書いてあるが、京都は多くの日本人にとっても魅力の深い町であることは間違いないし、「インバウンドJクラブ」の「インバウンド」が指す来訪者の幅を国内旅行者にまで広げてしまっても十分成立可能なビジョンであるように思う。
ピッチで感じたおこしやす京都の魅力
私はこの日、関西サッカーリーグ「おこしやす京都AC VS 関大FC2008 戦」を見るにあたって、事前にクラブ側へ取材申請をしたことを「京都・岡山サッカー紀行①」の中でも触れたが、その際に対応して下さったのはおこしやす京都ACの松本尚也社長だった。
松本社長は非常に物腰が柔らかく、チームの試合運営に関わる細々とした業務に忙しそうにされながらも、突然現れた私のような者に対しても終始気遣いをして下さり、私自身もその好意に甘えながら非常に居心地よくカメラ取材をすることが出来た。
松本社長のそんな「おこしやす」を地で行くような姿勢を感じるだけで、早くも私は京都を訪れる大きな理由をひとつ見つけてしまったわけだが、おこしやす京都の魅力はそのクラブ理念だけではなく、実際にピッチで闘うチームからも十分に伝わってくる。
抜群に洒落た紫紺のユニフォーム
まずは彼らが身にまとうユニフォームが抜群に洒落ている。
世界中見回しても、こんなに美しい色合いのユニフォームを着たサッカーチームはないだろうと私は思う。(こればかりは趣味嗜好なので異論はあるだろうが)
紫紺に銅色があしらわれたシャツに、オフホワイトのショーツ。胸の中央に輝くクラブエンブレムは何やら家紋のような雰囲気を醸し出している。
日本人である私がこのデザインから「京都」をイメージ出来るのであれば、外国人にとっては私以上に「京都」をそこから感じ取れるかも知れない。
松本社長に対して、このユニフォームが一般販売されていないことが惜しいと私は話したが、これはお世辞でも冗談でもなく、このクラブが世界に向けて認知度を上げていく上で、この洒落たユニフォームが非常に大きな力を持つツールであると私は感じたのだ。
京都に、もっと言えば日本にすら来たことのない何処かの国のサッカーファンが、いつか訪れる日を夢見ながら「おこしやす京都」のユニフォームを着ている。あるいは、京都を訪れた外国人観光客がそのお土産として「おこしやす京都」のユニフォームを買って帰る。
こういった現象がもしも起きたとすれば、それも世界の共通言語サッカーがもたらせる文化創造と言えるかも知れない。
果敢に戦う小さな選手
そんな抜群に洒落たユニフォームをまとってピッチを駆ける選手たちも魅力に溢れている。
8月に鳴り物入りで加入した元ガーナ代表、エリック・クミ選手は勿論図抜けた存在感を放っているが、他にもJリーグでの実績も十分なCBで主将の内田錬平選手(背番号4 前カターレ富山)その負けん気の強さがヒシヒシと伝わってくるFW脇裕基選手(背番号9 前藤枝MYFC)二列目から効果的な攻撃の仕掛けを繰り返していたMF守屋鷹人選手(背番号14 前佐川印刷)も印象的な選手。
ただ、彼らを凌いで私に最も大きなインパクトをもたらせたのは、身長157㎝という小兵ながら、圧倒的なスピードと徹底してゴールに向かう闘争心を見せつけていた高橋俊樹選手(背番号27 前大阪産業大)だった。
190㎝超えの選手も含め、比較的長身選手の多いチームの中で157㎝という身長は非常に目立つ。
しかしながらこの童顔の小さな選手は、その身体の小ささを武器にすべく、相手DFの嫌がるゾーンへこれでもかと言うくらいにドリブルで進入していく。
荒天続きで水を多く含んだ重いピッチ状態など全く気にする様子もなく、とにかく果敢に攻め込み、実際に決定的チャンスを何度も創出していた。
おこしやす京都にしか出来ないこと
この日対戦した難敵、関大FC2008に2-0で勝利したことで、チームは今季の関西サッカーリーグで優勝するチャンスを失わずに済んだ。
来シーズン自分たちが戦うステージをJFLへと上げることも、現時点では十分可能な目標であると言っていいだろう。
ただ、私はこのクラブが持つ理念やビジョンが、必ずしもJFLやJリーグに昇格することだけで叶うものであるとは思っていない。
「インバウンドJクラブ」というビジョンは、これまでの日本サッカーには存在しなかった発想だ。それだけにサッカー界の狭い価値観だけでその目標を果たすのは難しいようにも思う。
そもそも「インバウンド」が経済の言葉として使われるようになったのもここ数年の話。
おこしやす京都ACの将来は、きっと多くの地方サッカークラブにとって生き残りの術を示唆するものとなるはずだ。
それだけに、彼らがJFLに昇格出来るのか出来ないのか、Jクラブになれたのかなれないのか、それだけでこのクラブの価値を測ってはいけないように思う。
おこしやす京都のことを全く知らないタクシー運転手が「四季ごとに1週間来て欲しい」と軽妙に「おこしやす」トークをする町。
京都という町には人に関心を抱かせる、興味を持たせるノウハウが沢山詰まっているはず。
おこしやす京都にしか出来ないことが必ずあるはずだ。