少年サッカーの夏合宿

「娘がどうしてキッカーズの練習を楽しみにしているのか分かんないんですよね」
先日このブログでも取材記事を書いた東京都港区の少年サッカーチーム「ポートキッカーズ」の夏合宿に帯同した私は、子どもたちも寝静まった後に行われた保護者との懇親会の場で、冒頭の言葉をあるお父さんから聞くことが出来た。
「子どもたちには水や空気と同じように走り回れる場所が必要」
このポリシーに強くこだわり続け、既に40年弱の歴史を東京のど真ん中で刻んできたこのチームの日常にある光景の端々に、子どもたちが思いきり走り、思いきりボールと戯れる場を作り出そうとする大人たちの思いが溢れている。
夏休みのお盆明けに毎年行われている一泊二日の夏合宿にも、そうした光景が全く変わらず存在し、非日常に興奮する子どもたちの勢いに大人が必死になってついて行こうとしているようにすら見えてくる。
普段人工芝のグラウンドで練習をしている子どもたちは、美しい天然芝の広大なグラウンドで気の済むまでボールを蹴り、転んでも痛くない芝生の感触を楽しむように寝転び、この時期にしては珍しくカラリとした晴天の下で、思う存分に仲間とのサッカーを楽しんでいる。
Kちゃんもそんな子どもたちの一人ではあるものの、この小学4年生の少女が練習の中でボールに触れる機会は決して多くなく、むしろその群れの中で控えめに佇んでいるその姿からは、彼女を「サッカー少女」と呼ぶべきか躊躇してしまうほどの存在として私の眼には映っていた。
Kちゃんにとっての「居場所」

Kちゃんには1歳上のお兄ちゃんがいる。
ポートキッカーズに入ったのも、そのお兄ちゃんの方が先であった。
お父さんとお兄ちゃんがポートキッカーズの練習に通うようになり、ある年の合宿を前にした時期に、未だチームに入会もしていないKちゃんは、お父さんに向かってこう言ったそうだ。
「私も合宿行くんでしょ?」
お父さんにしてみれば、合宿参加要件である学年にも達していない、それどころかチームに入会すらしていない我が娘が、何で当たり前のように合宿に行くものだと思ったのか、未だにその本意は分からないということだったが、こうした時を経てKちゃんは必然的にポートキッカーズに入会することになった。
Kちゃんがポートキッカーズでの日常にどうしてこれほど楽しみを感じているのか、それについては彼女の頭の中でも十分に整理出来てはいないのかも知れないし、想像してあげることしか出来ないのかも知れない。
ただし、Kちゃんがポートキッカーズという少年サッカーチームに自分の「居場所」を感じてくれているということだけは、間違いのないことでもあろう。
合宿恒例のミニサッカー大会

合宿2日目に行われたミニサッカー大会は、大人から子どもまでが混ざったチームで「真剣勝負」をする、夏合宿の恒例行事。
「女の子」「小学2年生以下」「お母さん」のいずれかがゴールをした場合は、2点に計算される特別ルールが適用されている。
1チームが8分のゲームを6試合行う「なかなかハード」な大会が進んでいく中、「2点ゴール」を決める選手はなかなか生まれない。
私はKちゃんと違うチームでプレーしていたので、彼女のプレーを見られるのは自分たちが彼女のいるチームと対戦する時に限られるわけだが、恐らくは少年たちや身体の大きな大人の勢いに押され、昨日見た時のように控えめに佇んでいたはずだ。
ただし、こうした子どもはKちゃんに限らず、ポートキッカーズの練習風景の中には必ず存在する子どもの姿でもあり、得てしてそういう子どもが1年を通して一度も練習を休まずにグラウンドへ通ってきたりするものでもあるのだ。
大会MVPに選ばれたKちゃん

ミニサッカー大会は最終戦の段階となった。
私たちのチームの対戦相手はKちゃんのいるチーム。
これまでの戦績を鑑みると、我々はこの試合に負けてしまえば残念ながら最下位が決まってしまう。
拮抗する試合展開の中、勝負を決めたのはなんとKちゃんのゴールだった。
0-0で迎えた終盤、右サイドからゴール前へ送られた味方の鋭いグランダークロスに対して、Kちゃんが右足でチョコンと触りボールのコースを変えてシュートをしたのだ。ゴール前で守備をしていた私はその速さについていくことが出来ず、なんとか左足を出したものの間に合わず、ボールはそのままゴールへ入っていった。
結局、Kちゃんのこのゴールが決定弾となって我々のチームは最終戦にも敗れ、勝利したKちゃんのチームが優勝、大会を通して唯一「2点ゴール」を決めたKちゃんは、大会MVPに選ばれてしまった。
少年サッカーチームが「居場所」であれば

「娘がどうしてキッカーズの練習を楽しみにしているのか分かんないんですよね」
この疑問に対する答えは、Kちゃんが大人になった頃に本人の口から聞くことが出来るのかも知れない。
しかし一つだけ言えるのは、この合宿で彼女はポートキッカーズの誰もが認める「名誉」も手に入れ「居場所」をさらに確固たるものとするチャンスを得たということ。
そして、その「名誉」を与えたのは、賞の選考にあたった大人だけでなく、その選考を喜ばしいこととして受け止めるチーム全体に醸成されてきたムードでもあると言える。
上手な子、上手ではない子、とにかくサッカーが好きな子、それほどサッカーが好きではない子、どんな子ども対してでも、あらゆるスポーツクラブがしっかりと彼らに「居場所」を提供することが出来れば、将来に渡ってスポーツを居場所と思える大人たちが社会にもどんどん増えていく。
競技者指向に走りがちな日本スポーツ界が、こうした「居場所」を感じられる大人たちの思いによって、多くの人々の生活に欠かくことの出来ない、とても大切な「居場所」へと大きく変化していけば、その社会は今以上に豊かなものになっていくように思う。
ポートキッカーズと触れ合っていると、そんなワクワクするような未来を思わず想像してしまう。