晴天の女川

女川駅から石巻へと続く線路沿いに立ち並んでいるトレーラーハウスで一夜を過ごし、朝食を取った8時の段階で既に痛いほどの日差しが射してきていた。
石巻フットボール場で行われるJFLファーストステージ最終節「コバルトーレ女川 VS FC今治」のキックオフ時間は13:00。
私たちはチームのスポンサーでもある女川町の海産食品加工会社「高政」の工場見学をしてから、渡波駅から歩いていける牡蠣小屋で、大きな牡蠣の網焼きや酒蒸しに舌鼓を打ったのちに試合会場へ向かった。
港町が持つオープンな気質

到着するとJリーグの試合会場顔負けのキッチンカーによるスタグルが並び、昨日選手たちが設営していたテントも、女川町観光協会の物販ブースとして使われていた。
さっき高政で工場見学をしていた時に声を掛けてくれたおじさんは「11時までに蒲鉾持って来いって言われているんだよ」と言って試合会場へ向かったが、ほどなくして再びここで顔を合わせることになった。
観光協会の方が販売していたかき氷を注文すれば「あ~〇ちゃんの牡蠣小屋行ってから来たの。暑かったでしょう?」という風にすぐに話がつながる。
コバルトーレサポーターが陣取るメインスタンド脇の芝生席に行くと、高政の社長である高橋正樹さんがコールリーダーとして女川のチャントを歌っている。
キックオフには間に合わなかったが、いつの間にかそこにはYシャツ姿の女川町長の姿までがあった。
私のような部外者からすると、そこにいる人たちが全員知り合い同士であるかのような錯覚を覚えてしまうほど。
実際には全員知り合い同士とまではいかないのだろうが、限りなくそれに近い状況ではあっただろう。

当然ながらそこにはコバルトーレの選手たちも含まれる。
試合開始前のウォーミングアップ時であっても、選手に対して気軽に声を掛け、選手たちもそれに応じていた。
もっと言えばこの日の試合を応援しにはるばる今治からやってきた今治サポーターにも知った顔があった。
前の晩、女川の中心にある観光商店街「シーパルピア」内のバーで、彼女たちと我々は一杯やっていたし、そこにはJFLのことなどまるで知らないような女川の方も代わる代わる同席していた。
港町が持つオープンな気質がそうさせているのか、この町にいると「知り合いであるか、ないか」はさほど大きな意味を持っていないようにすら思えてくる。
強豪相手に現実的な戦い

気温30度を超える暑さの中、試合は双方の我慢比べのような展開となる。
自力のある今治が細かいパスワークでコバルトーレの敷いた守備ブロックのほつれを見つけようとするも、なかなかそこに隙を見つけることが出来ない。
コバルトーレは焦れて雑になった今治のパスを守備網にかけると、それを前線のスピードある選手に何とかつなげてカウンターからの一発を狙う。
後半になると双方に体力の消耗が見られるようになり、特にコバルトーレはほとんど防戦一方となっていったが、それでも最後の局面では今治に決定的な仕事をさせずに、泥臭く耐え忍ぶ展開となっていった。
それでも前半と後半の立ち上がりに決定的場面を生み出したコバルトーレにとって、この格上相手の試合が決して勝てないゲームではなかったと取ることも出来ようが、彼らは現実的に0-0のドロー、勝ち点1を狙いにいった。
観る者が思わず声を上げてしまうような華麗なテクニックや、美しいコンビネーションプレー、そして何よりもゴールシーンすら生まれないゲームではあったが、コバルトーレ女川は昇格1年目のJFLのファーストステージを4勝3引分8敗の勝ち点15、ギリギリで降格圏を回避する順位で終えることが出来た。
2年後の2020年、女川町内に完成する天然芝で5000人収容が可能な新スタジアムが、地域リーグを戦うコバルトーレ女川のホームスタジアムであってはならない。
そうした非常にシビアで現実的なクラブの立ち位置は、女川という町に新しく灯されたコバルトーレという炎にかかる期待の重さも同時に感じさせる。
この「しょっぱい試合」はどう映っただろう

ともに「コバルトーレ女川観戦ツアー」に参加したメンバーにとって、この「しょっぱい試合」はどう映っただろう。そして何よりもこの日石巻フットボール場に集まった500人の観客の眼にコバルトーレ女川の現実的な戦いがどう映っただろう。
「Jリーグではないサッカーチーム」に対して、この人口6千の小さな港町がその存在価値を強く見いだした時。コバルトーレ女川がJFLを戦い、日本のあらゆる地域から女川にサッカー観戦する人がやってくる状況に町の未来図の一部を見いだすことが出来た時。チームが日本中を遠征し、行く先々で女川という町の価値をしっかりと訴求出来た時。
そして何よりも、この女川町にしか作り出せないサッカーチームの姿を未来に向けて見いだすことが出来た時。
私がコバルトーレ女川に見たのは「地域密着クラブの理想形」などという夢夢しいものでは決してなかったが、あの町が持つ気風には強く惹かれるものがあったし、今回旅を共にした仲間たちが何度となくこの女川へ訪れている理由も少しだけ感じることが出来たような気がする。
交通アクセスも現状では決して良くはない。町に滞在しようにも宿泊環境も十分には整っていない。津波で流された町の再生も今は玄関が完成した程度。
それでも女川は人を惹き付ける魅力のある町だと私は思う。
現実の先にある未来

試合が終わると私たちは帰路につくために仙台まで戻った。目当ての牛タン屋までの道は、日曜日の夕方だったこともあったのだろう、東京と変わらないほどの人混みで溢れていた。そこには女川や石巻に感じられるのんびりとした空気は微塵もないように思える。
この歴然とした違いを目に前にすれば、コバルトーレ女川が単にJリーグ入りを目指すクラブとして生き残っていくことが、いかに現実離れした目標であるのかを痛感することが出来る。
彼らが今治戦で見せた現実的な戦い方が女川の人々に理解され、そこに代えがたい価値を創り出せた時に、コバルトーレ女川は「地域密着クラブの理想形」などというお仕着せの存在意義以上のものを この先10年、20年という長いタームで、あの小さな港町で発揮し続けるだろう。
そしてそれを創り上げていくのには、日本中のサッカーファンの力も不可欠であるように思えた。
ひとまず、私の女川旅行は非常に充実したもので、町とサッカークラブとが創り出す新たな可能性を考えさせられるものでもあった。
女川は遠い。
それでもきっと、私はあの町が恋しくなってコバルトーレの応援に駆けつけてしまうだろう。
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