【総体東京代表決定戦】駒沢第二に在日コリアンサッカーの希望が見えた

観戦記
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6.23 駒沢第二 関東一高VS東京朝鮮

6月23日 駒沢公園第二球技場には歴史的瞬間を目撃しようと、スタンドが立見になってしまうほどの人々が集まっていた。

行われていた試合はインターハイ東京都予選の準決勝。東京では2チームに出場資格が与えられるので、この準決勝が実質的な東京都代表決定戦となる。

対戦カードは「関東一高 VS 東京朝鮮」

ここ数年、正月の高校選手権でもすっかり常連となりつつある強豪関東一高に、準々決勝で帝京高校を延長戦の末下した東京朝鮮が挑む構図だ。

この試合に勝利すれば、東京朝鮮としては史上初のインターハイ出場。

高校選手権で東京都代表となったのも1954年に開催された第33回大会が最初で最後となるので、東京都代表になること自体が実に60年以上ぶりとなるのだ。

 

最強の高校サッカー部

 

かつて最強の高校サッカー部と言われ、多くの強豪校が「朝高詣で」で腕試しの為に胸を借りていた東京朝鮮(東京朝鮮中高級学校)

高校選手権に出場した1954年は、同校が1949年から1954年まで一時的に「都立高校」として存在していた時期にあたり、非一条校となった1955年以降は長く全国大会はおろか公式戦の機会すら与えられていなかった。

時は流れ、1994年にインターハイへの朝鮮学校の出場が認められ、1996年には高校選手権への朝鮮学校の出場が認められるようになる。以降、大阪朝鮮高、広島朝鮮高、京都朝鮮高が全国の舞台への切符を手にする中、東京朝鮮は未だそれが叶っていない。

Jリーグが誕生し、日本サッカーが目覚ましい進化を見せていく中で、在日コリアンコミュニティだけを後ろ盾とする東京朝鮮の実力が相対的に低くなっていったのは必然でもあった。

そんな東京朝鮮が、この試合に勝てば東京の代表として全国大会へ出場出来る。

これまで彼らに対して大きな期待を持ってきた東京の在日コリアン社会にとっても、これは一大事である。

 

在日コリアン社会とサッカー

 

朝鮮学校では古くからサッカーが最も人気のあるスポーツであり続けてきた。

こうなった理由には諸説あるが、ボールひとつあれば出来てしまうサッカーが、戦後特に厳しい生活環境にあった在日社会の子どもたちにとっての遊びの中心になっていった側面もあったのだろう。

1966年にW杯でベスト8に進出した北朝鮮代表チームは、同じ共産圏であった東欧サッカーから多大な影響を受けていたとされているが、在日コリアンのサッカーにも北朝鮮を通じて東欧サッカーのエッセンスを少なからず感じることが出来たという話も聞く。

コミュニティで最も人気があり、最先端の戦術を導入できる環境にあった在日コリアンのサッカーが、停滞期にあった日本サッカーを凌駕する実力を誇っていた事実は、多くの日本サッカー界の重鎮が語るところでもあるが、時代の移ろいとともに彼らにとって大きな誇りでもあった「在日朝鮮蹴球団(チュックダン)」は解散し、東京朝鮮高も東京を勝ち抜く力を既に持ち合わせてはいなかった。

しかし、この日駒沢公園第二球技場に集まった赤いTシャツを身につけた人々は、改めて自分たちのサッカーが素晴らしく誇り高いものであると認識出来ただろう。

それほどに東京朝鮮の選手たちは果敢に戦い、そして敗れた。

またしても関東一高。またしても死闘。

後半アディショナルタイムに東京朝鮮の同点ゴールが決まる

 

昨年の高校選手権東京都予選で彼らの決勝進出を阻んだのも同じく関東一高であった。

あの時のスコアも3-3のドローからの延長戦突入で、その延長戦で勝ち越しのゴールを奪われ東京朝鮮は力尽きた。

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あの試合での記憶がそうさせたのか、後半アディショナルタイム、最後のワンプレーで同点に追いついたこの日の東京朝鮮は、延長戦に入っても堂々たる戦いを見せ、死闘の結末はPK合戦に委ねられた。

ハイボールに対しては武骨なまでに競り合い、ルーズボールに対してもあと一歩の足が出る。

美しいコンビネーションや華麗なテクニックでは関東一高に分があったが、闘う姿勢に関しては東京朝鮮の方により迫力を感じた。

同じ学校に通う仲間、東京の朝鮮学校のサッカー少年たち、家族や先輩、そしてこの試合に大きな期待を抱いて集まった東京の在日コリアンの人々。彼らの強い思いは確実に選手たちの力へと変換されていたように思う。

17歳の少年たちのその闘志は、ゴール裏で応援するサッカー部おじさんOBの心も強く打っていた。

「この子たち、本当に凄いよ。立派だよ。尊敬するよ。」

同じく東京朝鮮サッカー部OBの安英学さんも、この日スタンドで後輩たちを応援していた。

そしてこんなコメントをツイッターで発信している。

後輩たちにこんな重荷を背負わせてしまい責任を感じています。 ただ、最後の1秒まで諦めず魂を込めて戦ってくれた後輩たちの姿はスタンドで応援していた同胞たちに大きな感動と勇気を与えてくれました。 冬の選手権では全国の舞台に立つ東京朝鮮の姿が見られる事を期待し全力で応援したいと思います。

 

東京朝鮮サッカー部がもたらした希望

 

あと一歩、この日の敗戦で、東京の在日コリアンたちの夢は叶わなかった。

ただ、私はこの日叶わなかったのは「インターハイ出場」という夢の一部に過ぎないのではないかとも感じた。

高校生たちは誇らしい戦いを見せ、それを支え応援する人々も、ひとつの迷いもなく声援を送り続けていた。

あの終了間際の同点ゴールが決まった瞬間に起きた喝采からは、サッカーが生み出す計り知れないパワーを感じることさえ出来た。

やはりサッカーには底知れぬ力がある。

たった100分で、あれだけ多くの人たちの心を鷲掴みにしてしまうのだから。

そして、そんな風に思いをのせることの出来るチームが彼らの中で再認識出来たこと。

そしてそのチームは全員がまだ若く未来ある少年たちであったこと。

これこそがあの日東京朝鮮の選手たちがもたらしてくれた最大の希望であり、夢ではなかったか。

 

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