「無冠、されど至強」出版記念トークライブ 在日サッカーの存在意義

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「わたしはね、朝鮮の人たちは何でみんな朝高にいくんだろうと思うんですよ」

帝京高校を長く率いた高校サッカー界の生ける伝説、古沼貞雄さんはこう話した。

11月21日の夜、渋谷丸山町のLoft9shibuyaで「無冠、されど至強」出版記念トークライブが行われた。

トークゲストは、この本の著者で「オシムの言葉」などの著作でも知られるジャーナリスト木村元彦さん、在日サッカー界の英雄でこの本の主人公、金明植さん、日本テレビで放映されるようになった高校サッカー選手権の仕掛人でもあり、東京朝高の平壌遠征など両国のサッカーによる交流にも尽力された坂田信久さん、そして帝京高校サッカー部監督を長く務め、現在も様々な現場でその指導力を発揮し続けている古沼貞雄さんの4人。

会場には、帝京サッカー部、東京朝高サッカー部のOBも大勢集まり、半ば両校サッカー部の同窓会のようなムードですらあった。

在日サッカー界の英雄、金明植

私は「無冠、されど至強い」「蹴る群れ」といった木村元彦さんの著作に登場する、在日サッカー界の英雄、金明植という人がどんな人なのか、会わないわけにはいけないという思いで、このイベントに参加した。

数々の逸話に描かれたその偉大な人間像からの想像に反して、金明植さんは小柄で語り口の穏やかな方であった。そして、決して威張るような態度のない謙虚なダンディといった印象を私は受けた。ただ、この方のこうした人間性が在日サッカーだけでなく日本の高校サッカー界に大きな存在感を放っていたのかと思うと、昨今の日本サッカー界に存在するよく言えば「華やか」な、悪く言えば「軽薄」ともいえる空気に違和感を覚える私には非常に安堵感を感じる「英雄」の実像でもあった。

ゲストの方々の話の端々に、サッカーに対する無償の愛とも言える情熱を強く感じ、日陰にいた日本サッカー界は、こうした方たちの熱意によって支えられてきたのだ。と実感した。

朝鮮の人たちは何でみんな朝高にいくんだろうと思うんですよ

冒頭の古沼貞雄さんの言葉は、東京朝高のOBで、その後在日コリアン初のJリーガーとなった申在範(シン・チェボン)さんにマイクが向けられた際に話された言葉を受けて、続けられた言葉だ。

申在範さんは、こう話した。

「私は、(当時東京朝高には出場資格がなかった)高校選手権に出場したかった。だから、自分が帝京にスカウトされないかなと思っていました」

帝京に古沼監督が就任し、しばらくして東京朝高に金明植さんが監督として戻ってきた。二人は親しくなり、その後は目と鼻の先の両校は頻繁に練習試合を繰り返す。そんな中で、両高の選手たちの間にも様々な交流が生まれていた。

申在範さんの言葉を受け、古沼貞雄さんは冒頭の言葉が返される

「わたしはね、朝鮮の人たちは何でみんな朝高にいくんだろうと思うんですよ」

続けて、このイベントに来場していた東京朝高サッカー部1年生で、金明植さんの孫の少年を「選手権に出たいなら(自分が現在指導する)矢板中央へ来なさい」と誘ったことを話す。

会場は一瞬、それをジョークと捉え笑いも起きたが、古沼貞雄さんは真剣な語り口でその空気を制した。

「今の状況を考えたら、東京朝高が東京で優勝するのは難しいですよ。今年だってベスト4に入ったといっても関一(東京代表となった関東一高)あたりに負けてたらダメです。矢板中央は私が指導するようになって5年で4度も県の代表になっている。だから、彼が本当に選手権に出たいのなら12月あたりで朝高を辞めて、来年になったら矢板にくればいい。そうしたら来年の6月くらいには公式戦に出られるんですよ。」

日本サッカー界は在日コリアンの力を十分に活かせてこれたのか

私は古沼さんのこの話を聞いて、日本サッカー界が全く在日選手たちの力を活かしきれていない実情の何ともいえぬもどかしさを感じるとともに、ひとつの明るい道筋が見えたような気がした。

古沼貞雄さんはリアリストだ。

氏は単に東京朝高や在日コリアンのサッカーが今後発展していけばいいと考えるようなロマンチストではない。在日コリアンであろうと、日本人であろうと、サッカー選手として成長したければ、それに見合った場所を見つけ、あるいは与えていくべきだと考えているのではないだろうか。

もちろん、実際には在日サッカー少年がサッカーをする場所として「朝鮮学校」を選ばざるえない状況は存在するであろうし、彼らを何の障壁もなく受け入れる懐の広さが日本サッカー界にあるとは言い切れない。金明植さんのお孫さんも、古沼さんに進言されたからと言って「はいそうですか」とは言えない事情もあるだろう。

古沼さんは、こうも語った。

「朝鮮の選手たちの特徴は、膝下の柔らかさなんです。彼らはしっかりとしたインサイドキックを蹴ることができる。これは日本人にはなかなかない」

古沼さんにとって、朝鮮人であるか日本人であるかの違いは、こうした選手の「質」や「特性」でしかないのだ。真似しようにも決して真似できない生まれついての才能。飛躍すれば、サッカーとはこのような民族性を所以とする特性を融合させる場ではないのか。

日本サッカー界の歴史の中で、東京朝高や在日朝鮮蹴球団のような存在がその影響を強く及ぼしてきたことは事実である。しかし、私は日本サッカーがそれを十分に享受してきたとは全く思えない。

当時、日本最強でその後数々の日本代表を生み出した帝京高校をもってしても勝つことの難しかった東京朝高。

しかし帝京高校の卒業生がその後、選手、指導者としてサッカー界に欠かせぬ人材として成長していった一方で、東京朝高の卒業生でそうしたサッカー人生を送れた人は明らかに少ない。

こう思ったとき、日本サッカー界は貴重な人材を両国の政治的背景だけを理由に、簡単に手放してしまってきたのではないかと感じてしまうのだ。

しかし、この夜古沼貞雄さんの言葉の中に、これから先の日本サッカー界がどういう道を歩んでいくべきか、そのヒントがあったような気がする。

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